差し入れ

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差し入れ

「これレジで打ってくれるかな」 「はーい。店長が買うの珍しいですね」 「ちょっと差し入れにね」  自分が作ったチョコレートの詰め合わせを女性スタッフに会計してもらう。深い焦げ茶色のバロタン――チョコレート専用の箱には、ボンボンショコラが六個入っている。  会計が終わるとスタッフは丁寧に紙袋に入れてくれた。店で使っている紙袋には、グラサージュという店名が小さく控えめに書かれている。デザイン会社に依頼したこのデザインは上品で、店の雰囲気にも合っていて気に入っていた。 「じゃあお先に上がらせてもらうね。お疲れ様。あとよろしくお願いします」 「はい、お疲れ様です。デート楽しんでください」 「いや、デートじゃないって……」  絶対デートだと目をきらきらとさせるスタッフに苦笑する。  午後六時。今日の勤務を終えた僕は、あとを副店長とスタッフに任せて店から出た。  クラブのドアから出た僕の手には、まだ店の紙袋があった。  退勤したあと一度家に帰り着替え、クラブが開店してから来てみたのだが、今日はまだオリという青年は来ていないということだった。  詳しく教えることは出来ないが、今日のシフトはもう少し遅くなってからだとスタッフに聞いた。  僕は明日は早番で、早朝に出勤するため遅くまで待つことは出来ない。残念だけど今回は諦めるか、差し入れだけスタッフに渡してもらおうか考えていると、背中に声がかかった。 「それ、ボクに?」  一度しか聞いたことがない、けれど誰だかすぐにわかる声が鼓膜を揺らす。  驚きながら振り返った先には、見慣れない私服姿の青年が立っていた。黒いマスクを顎にずらした青年は、こんばんは、と挨拶をする。 「こんばんは……」 「今日も来てくれたんだ。あ、ボク、オリっていいます」 「あ、僕は森口です」 「その袋、ボクに?」  青年の視線は、僕から紙袋に移る。本人に渡すのは諦めようとしていたけど、思ってもいないチャンスに恵まれた。 「うん、チョコレートなんだけど、大丈夫かな?」 「やった、ボク、チョコ大好き。嬉しいな。ありがと」  紙袋を差し出すと、すぐに受け取ってもらえる。拒絶されないことに心底ほっとしている僕に、彼は驚くことを続けた。 「ねぇ、まだ時間ある? ちょっとお話ししない?」  まさか店の外でそんなことを言われるとは思っていなかった僕は頭を真っ白にしながら、気づけば、うん、と頷いていた。
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