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否定
次の日。大学が休みだった俺は朝からバイトに出ていた。
出来れば新しい生活をスタートさせた東京を観光がてら見て回りたかったのだが、親の仕送りだけでは生活が出来ない俺は、そんな悠長な事をさせてもらえない。
杉本からは、そこのコンビニはやめといた方がいいというアドバイスを貰ったが高校の時ずっとコンビニでバイトしていたしやる事は一緒だろうと高をくくり、駅前近くのコンビニで働く事にした。しかしここは東京。人の多さが俄然田舎とは違う。
朝と昼ぐらいしか忙しくない田舎に比べて、東京は時間関係なくしきりに人が来る。駅に近いという事もあるのかもしれないが、ありとあらゆるジャンルの人達が次々と店に入って来る。
「いらっしゃいませ~」
昼の時点で百は軽く超えたであろう挨拶を機械的に言った俺は、店の入り口を見て固まった。
「おう。ここで働いてるのか」
ニコニコとした笑顔を振りまき店に入って来たのは同じアパートに住む畠山。作業服姿で頭に白いタオルを巻いた姿に不精髭がやけに似合う。
「あ、畠山さん。どうしたんですか?」
「ん?現場がここから近いんだよ。飲み物を買いに来た」
「ああそうなんですか。大変ですね」
「そりゃあお互い様だろ?」
「ええ。駅に近いせいかお客さんが沢山来ますよ」
「それもあるが、俺が言ったのは別の意味でだ」
「え?」
「団子が住んでる101号室。出るだろ」
「・・・出る」
咄嗟にアカの顔が浮かぶ。
「日下部のおっさんと良子婆から何も聞いてないか?」
「はい。あの焼き肉会の後会ってませんし・・でも事故物件だという事は不動産屋から聞いてますよ。それを承知で入ったんです」
「東京は家賃が高いからな。大抵の奴らは気にしないって言って安い家賃の所を選ぶ。住む期間もどうせ学校に行っている間だからってな」
「そうですね」
「前の奴もそうだった。少々難はあったが気さくで明るい性格の奴で、直ぐみんなと溶け込めた。まぁ俺達のwelcome精神が強いというのもあるがな・・でもアイツは死んだ」
眉間に皺をよせ話す。
「自殺・・・だと聞いてますが」
そう言った俺の頭の中には、昨日クローゼットの中で見た真っ暗なシルエットを思い出していた。
~逃げた方がいい~
~お前も俺のようになるぞ~
あの言葉は一体どう言う意味なのか・・・
確か103号室に住む瞳も焼き肉会の時同じ事を言っていた。
「ああ。でも自殺なんてするようには見えなかった。所詮俺達は他人。他人には分からないモノを抱えていたと言われればそれまでだが、あいつは絶対に自殺なんかするような奴じゃなかったんだよ」
眉間の皺がますます深くなる。
「・・・どうしてそう思うんですか?畠山さんが言う様に、他人には分からない何かがあったかもしれない。何か絶対自殺なんかしないと言えるほどの事を知ってるんですか?」
「ああ知ってる」
次々と店に入って来る客。
レジに並ぶ客の数が増えだしたため、一人じゃさばききれなくなったバイト仲間が俺の名前を呼ぶ。しかし俺は、そんな店の状況など構わずに畠山からの答えを待った。
「アイツは結婚式前日に死んだんだ」
畠山は、絞り出すようにぼそりと言った。
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