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二十二時過ぎ。 くたくたに疲れた体を引きずるようにしてアパートへ戻る。 部屋に入り鍵を閉めると、上着や荷物を次々に落としながら細い廊下を歩いて行く。部屋に入ると、電気も点けずそのままベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。 「・・・疲れた」 目をつぶったら、そのまま秒で眠りにつける自信がある。これ程までにバイトで疲れたのは初めてだ。 「あ~」 ため息交じりの声を出し体を仰向けにすると、畠山の言った事を思い出した。 (アイツは結婚式前日に死んだんだ) 結婚という以前に彼女すらいない俺にとって結婚式を控えている人の気持ちはよく分からないが、普通は嬉しいものだ。身内や友人達に見守られ祝福される結婚式。そんな晴れがましい事を前に自らの命を絶つだろうか。もしかしたら、結婚という重圧に耐えられなくなり自殺したのか・・あり得ない事でもない。 俺はゆっくりとクローゼットの方に顔を向ける。 開いてる・・・ 朝、きっちりと閉めたはずの扉が指三本分ぐらいの隙間が開いている。 またアカが来ているのだろうか。 「いるのか?」 横になったまま声をかける。 返事がない。 「アカ。来てるのか?」 少し大きな声で言ってみたがやはり返事がない。 「ちっ」 小さく舌打ちをすると、重りを背負っているかのように重くなった身体を起こしベッドから降りるとクローゼットの方へとノロノロと歩いて行く。 カーテンを閉めていない窓から、ダイレクトに月の灯りが部屋の中を照らす。確か今日は満月だ。 「開けるぞ」 別に自分の部屋なんだから断ることなんてしなくていいのだが、俺は何となくそう声をかけながら扉を開けた。 「・・・・・・・」 そこにアカの姿はなかった。 その代わりに、だらりと力なくぶら下がる男・・ 首に紐が括りつけられ、真っ直ぐに伸びた体の上にはおかしな方向へ曲がっている頭がある。何か恐ろしいものを見たかのように恐怖に歪んだ顔。だらりと力なく下げられた両腕。力強く握り締められた拳。バレリーナの様に真っ直ぐに伸びたつま先。 宙に浮くその男は、自分を見せつけるようにして俺の方を向いている。 「あ・・・あ・・・」 男に目が離せなくなってしまった俺は、おかしな声を出しながら一歩、二歩と後ずさる。息を吸っているはずなのに苦しい。瞬きをしなくてはいけないのに、接着剤で固定されたかのように動かない目は次第に涙がにじんでくる。 ~フフフ~ 微かに、本当に微かに笑い声が聞こえたような気がした。 涙で滲む目で男の口元を見る。男が笑ったのかと思ったのだ。 違う。 半開きになった男の口からは、大きななめくじのような舌がだらりと垂れているだけで笑っているようには見えない。 ~フフフ~ また聞こえる。何処から聞こえるのか。 ようやく動くようになった目を激しくしばたたかせ、俺は辺りを見回した。 「?!」 開いたクローゼットの下の方。こちらを覗くようにして顔半分だけ出している奴がいる。顔の大きさからして子供のようだ。 眼球をぎょろりと上げ、俺を見ながらいやらしく笑っている。 その口は耳まで裂け、小さな顔半分を埋め尽くす程大きな口だ。 「う、う、うわ~っ!!!」 尻餅をつき絶叫した俺は、そのまま意識を失った。
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