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聞き込み
時刻は夕方18時。
夕飯の準備やらで忙しくなる時間帯。
実際住宅街を歩いていると、何処からか旨そうないい匂いが漂ってくる。
「誰もいないな」
「ああ。夕方の時間は主婦にとっては忙しい時間帯だからな。でも男は暇だ」
そう言った杉本は、ある方向を指さし素早くウィンクした。
見ると、70代位のお爺さんが向こうから歩いて来る。人の良さそうなお爺さんで、ラフな格好にサンダル履きなので近所の人だと推測できる。
俺と杉本は事前に打ち合わせしておいた通りにお爺さんに声をかけた。
「すみません」
「はい?」
「あの、僕達○○大学の学生なんですけどこの辺りの地理について色々調べてるんです」
「地理?」
「はい。昔から比べるとこの辺りもだいぶ変化していると思うんです。戦後復興から今までの期間でどのくらい街並みが変わったのか。色々僕たちなりに調べてはみたのですが、やはり現状を見て知っている人からの意見を聞きたいという事になりまして」
「ああ。ああ。成る程ね」
僕達の目的が分かったお爺さんは、嬉しそうに目を細め何度も頷いた。
「じゃあココじゃ何だから、うちに来るかい?この近くなんだよ」
俺達の読み通り近所の人だったようだ。
「はい!有難うございます!」
二人同時に勢い良く頭を下げそう言うと、お爺さんの後について行った。
新しい家が立ち並ぶ中、お爺さんの家は重そうな瓦屋根が乗る昔ながらの家だった。小さな平屋の家だが、庭の植木は見栄えよく植えられ手入れも行き届いている。
「素敵なお庭ですね。これ、お爺さん一人で手入れなさってるんですか?」
杉本が感心したように言った。
「そう。自分一人でやってるんだよ。元々花なんて何の興味もなかったんだけど、うちのが好きでね。生きてた時はうちのが手入れしてたんだが、五年前に死んじまって。放っておくわけにもいかないだろう?自分の家の庭だしね。だからしょうがなくやってるだけだよ。ははは」
「・・・あ、そうなんですか。何かすみません・・」
杉本は余計な事を言ってしまったと思ったのか、小さな声で言った。
このぐらいの年齢の人には、自分達の感覚で話すのは気をつけなくてはいけない。地雷を踏みかねないからだ。
しかしそんな杉本の言葉など気にしないかのように、お爺さんは気持ちよく家の中に招き入れてくれる。
線香の匂いが染みついた和室に通された俺達は、不器用にお茶を淹れてくれるお爺さんの様子を黙って見ていた。
「お客さんなんか滅多に来ないからね。急須の場所が何処だか分からず参ったよ。ははは」
「は、ははは」
「突然すみません。ほんとお構いなく」
「いやいや。わしらには子供が出来なかったもんでね。友人も少ないし、誰かが訪ねてくれるというのは嬉しいものだよ」
そうにこやかに話すお爺さんを見て、嘘をつき話を聞き出そうとしている事に少々胸が痛む。
杉本も同じ気持ちなのか、神妙な顔つきをしてお茶をすすっている。
ガサガサと無造作に袋から出した煎餅を俺達に勧めながら
「さて、この町の移り変わりについてだったかな?」
「はい」
「わしは元々九州に生まれ育ったんだが、10歳の時に両親を亡くし、東京に親戚がいたんでそこに預けられたんだ。だからこの辺りの事はそれ以降の事しか知らんけど。まぁ~その時でもこんなに家なんか建ってなかったよ。道路もアスファルトなんかじゃなく、車が通れば砂埃がたつ道路でね。でもみんな必死で生きてたなぁ」
お爺さんは昔を思い出しながらしみじみと話す。
「そうなんですね。古地図を見ても余り分からなかったもので」
「古地図?ああ、あんなもんじゃ分からんよ」
皺とシミの多い骨ばった手を顔の前で横に振りながら言う。
「古地図じゃ、細かい事まで載ってないだろう。ははは」
「色々な建物があったんですか?」
「ああ!あったあった」
「今でも残っているのもあるんでしょうか」
「ないね。跡継ぎ問題やらよその土地に引っ越してしまったりして残ってない。昔は小さい店が至る所にあったから賑やかだったが、今じゃ住宅だらけだろ?散歩してても本当に人がいるのかと思う程静かで・・昔は、短い距離でも歩けばいろんな人達に出会い生活を垣間見る事が出来た。つまらなくなったよ」
「成る程・・じゃあ、同じ静かな場所で散歩するならここから北の方にある住宅が少ない場所を歩いても同じですね」
俺は早くあの土地の事が知りたくて、無理矢理話題をそっちに向ける。
「北の方にある場所?・・・・ああ。あそこか。あそこは駄目だ」
お爺さんは顔を曇らせ言った。
「駄目?何でですか?」
「わしもよく知らんが、親戚のおじさんが「あそこには絶対に行くな」って口が酸っぱくなるほど言ってたよ」
「絶対に行くな・・」
「でもそこは子供だ」
ニヤリと悪戯っ子の様な笑顔を見せると
「友達と一度だけコッソリ行った事がある」
「え!」
「同級のよりちゃんって言う近所の男の子でね。コッチに来たばかりのわしにとても優しくしてくれたんだよ。身体がとても小さくてね。後で知ったが未熟児で生まれたらしい。目も少し不自由で・・でもとても優しい男の子だった。何をするにもず~っとよりちゃんと一緒だったなぁ」
「よりちゃんは、その場所がどんな場所かというのを知ってて行ったんでしょうか?」
「いや、知らんと思う。だから行けたんだよ。わしもよりちゃんも知ってたら絶対に行かんかった。あの時どんなにか後悔したものか・・」
お爺さんは絶対という所に力を込めて言った。
「なにか・・・あったんだですか」
俺は唾をゴクリとのみ込み聞いた。
「ああ。あの頃あの場所には、沢山の畑や雑木林があってね。わしとよりちゃんは日が暮れる時分を狙ってそっとあの場所に入った。流石に雑木林の中には入れんかった。もう真っ暗で怖かったからね。でも畑の方はなんて事ない。なんて事はないが、何も障害物がない分遠くからでもその場にいるのが分かってしまう。だからわし達は、畑の真ん中にあった小屋の中に滑り込んだんだ」
「小屋・・・」
俺と杉本は視線を交わす。
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