小屋の中の井戸

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小屋の中の井戸

「その小屋はいつからそこにあったのか分からない。いつの間にか気がついたらあったって感じだ。真っ暗で埃臭くて、ぼろい小屋だから節目が沢山あって・・そこから外の光が細く中に入ってきていた。あの時の興奮と言ったらなかったね。だって、大人達が口をそろえて「入るな!」って言う場所に入ったんだから。その土地を踏む事すら許されないぐらいの場所にね」 お爺さんはゆっくりとお茶を飲む。 「でも興奮と共に驚いたのは、小屋に入ると真ん中に井戸があった事だ」 「井戸?」 「そう井戸。昔は至る所に井戸があった。下水道が整備されつつあったがまだまだここいらはぼっとん便所は勿論、井戸で水を汲んでいたんだよ。でも奇妙だろう?小屋の中に井戸があるなんて」 「そう・・・ですね」 実際井戸を使った事のない俺達にとっては、その奇妙さを実感する事が難しい。 「井戸というのは生活に欠かせないものだ。飲み水や炊事。風呂水につかったりする。だとしたら、使い勝手よくしとくもんだ。わざわざ井戸を小屋で隠す必要がない」 お爺さんは隠すという表現をした。 「もしかしたら、畑の真ん中という事もありますし畑でしか使わない井戸だったんじゃないですか?だから・・」 「いや、あの井戸は死井戸だった」 「しにいど?」 「枯渇した井戸の事をここいらじゃ死ぬに井戸と書いて死井戸というんだ」 「はぁ・・でもそんな薄暗い場所にある井戸の事を死井戸だとよく分かりましたね」 「そんなの簡単だよ。君達にも経験があるんじゃないか?そこにボタンがあれば押したくなる。ドアがあれば開けたくなる。穴があれば・・・」 「入りたくなる・・・ですか?」 「はははっ!!いやいや、流石に入る事は出来んかったよ。真っ暗だったしね。この場合は何か投げ入れたくなる・・だったんだ」 お爺さんは笑い楽しそうに言う。 「わしらは、その辺にある小石を投げ込み音を聞いたのさ。あの時のわしとよりちゃんは夢中で石を投げ入れ続けた。石が井戸に落ちて行く音が面白かったんだ。カランコロンカランコロンってまるで下駄の様な音がする。しかも、投げる方向によっては音が変わるんだ。北から投げるとカランコロン。東から投げるとコンコン。南から投げるとカラカラカラ。西から投げるとゴロンゴロンというようにね」 「そんな事ってあるんですか?同じぐらいの石ですよね?」 「ああ。あの小屋の中にあった小さな小石だけだった。不思議だろう?子供のわし達は面白くて、次から次へと井戸の周りを駆けずり回りながら石を投げ込んだ・・・だから罰が当たったんだよ」 「罰?」 「・・・その一週間後によりちゃんは死んだ。その井戸に落ちて」 「・・・・・・」 「今でも覚えてるよ。明け方近くによりちゃんの母親が血相変えてうちに飛び込んできた。より坊がいない!ってね。わしと仲が良かったからてっきりうちに来てると思ったらしい。親戚のおばさんが、来てない事を告げるとその日の正午過ぎ。よりちゃんがあの井戸の中で見つかったんだ」 「一人で遊びに行っちゃったんでしょうか」 「いや、それはない。よりちゃんは早起きできないんだ。いつもお母さんに怒鳴られているってぼやいてたからね。それに、いくら面白い音がする井戸だからって、一人でやって面白いかい?」 「いえ・・・友人と一緒だから面白いって言うのもあると思います」 「そうだろう?それによりちゃんは、わしより先に井戸遊びに飽きてたんだから、一人でまたやりに行くとは考えずらい」 「じゃあ何故その井戸に落ちたんでしょうか」 「分からん。それも不可解なのだが、もっと理解できんことがあった」
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