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祈り
必ず話すんだぞ。としつこいぐらいに念を押す杉本と別れた俺は、素直に日下部さんの家の方へと足を向けた。
日下部さんの計らいで焼き肉会をやってもらったお陰で、アパートの住人の人達と一気に距離が縮んだような気がした。(瞳は分からないが)
穏やかで好々爺の様な日下部さんに世話好きな良子婆。確かにあの二人が夫婦だと言われても違和感はない。実際良子婆は、日下部さんの家の物をすべて把握しているような感じだった。付き合いが長いからと言われればそれまでだが、それでも不自然ではある。
そしてあの二人。畠山と瞳。あの二人が日下部さんと良子婆の子供・・・?
「どちらにも似てないな」
瞳は長い髪が邪魔をしてハッキリと顔を見る事は出来なかったが、畠山などはあの二人の遺伝子が入っているとは思えない程顔が違う。
では何故、大栗はあの四人が家族だと言ったのか。
あの忌地に住んでるからなのか。悲しい事故があって以来、誰も近寄らなくなった土地。そこに家族と言ってもおかしくない年齢の四人が住んでいる事でそう言う噂が独り歩きしてしまったのか。
そんな事を考えている間に、日下部の家の前まで来た。
玄関の上に備え付けられた電球が、たたきの一部を弱弱しく照らしている。
インターフォンを探すが何処にも見当たらない。
しょうがなく俺は玄関をノックするため拳を握り腕を上げた。その時
「~~~~」
何処からか低いうなり声の様なものが聞こえる。
犬でも飼ってるのかと周りを見て見るが、動物がいる気配がない。そっと耳を澄ませ何処から聞こえてくるのかを探る。
どうやら庭の方から聞こえてくるようだ。
俺はそっと足を忍ばせ庭の方へと回った。
焼き肉会の時に見ていたので庭の構造は知っている。小さな庭だが、壁沿いに高い木を植え家に向かって背の低い植木が植えられていた。そのグラデーションがとても素晴らしく、前歯が無い日下部からはこんな素敵な庭が作れるなんて想像が出来ないと思ったものだ。
俺は大きく深呼吸をすると、取り敢えず唸り声の正体を見るため細心の注意を払いながら進んでいった。
庭に回ると、家の灯りが外に大きく漏れている。窓は閉まっているが、どうやらカーテンは全開に開いているようだ。
俺はギリギリまで窓に近づくと、首をできるだけ伸ばし部屋の中の様子を伺う。その部屋はかつて住人みんなで焼き肉を食べた部屋。
(日下部さん?)
部屋の中には、押し入れの中に向かって正座をし頭を垂れ毛糸の手袋をした手を合わせ一心に拝んでいる日下部の姿があった。一体何をそんなに熱心に拝んでいるのか。見ると、押し入れ上段に祭壇の様なものがある。やはり大栗が言った様に、土地を守る一族としての祈りの時間というのがあるのだろうか。もしそうだとしたら邪魔する訳には行かない。
俺はなにも見なかった振りをして帰ろうとしたのだが、あるものを見て動きを止めた。
それは、祭壇の所に一枚の写真が飾られている。白黒の写真でここからじゃ遠くてはっきりとは見えないが、二人の人物が写っている様に見える。
(・・・まさか)
俺は嫌な予感がした。
その写真に写る人物が、自分の予想している人物だとしたら・・・
俺はまた足音をたてずに玄関に回ると、大きく深呼吸した後玄関をノックした。
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