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それは、部屋の前で脱いだスリッパだ。
玄関から真っ直ぐ廊下が奥に伸び、突き当りがキッチン。その廊下の左右に部屋がある間取り。という事は、嫌でも廊下に置かれたスリッパに気がついてしまうという事だ。
(まずいな。どうする・・・)
今更スリッパを取る訳にもいかない。大きなテーブルが一つだけある部屋を見渡すが、隠れられるような場所がない。
いや・・・一つだけある。
俺は咄嗟に押し入れの下段に飛び込み襖を閉めた。それと同時に部屋の襖が開けられる。
ミシ・・・ミシ・・ミシ・・・
畳をゆっくりと歩く音が微かに聞こえてくる。
生きた心地がしない。自分の呼吸音さえも爆音に聞こえる程の緊張感の中、外の気配を伺う。
(ここで押し入れを開けられたらお終いだ。もし開けられたら・・・何て言う?)
畳を踏みしめる音がやんだ。
「・・・・・・」
こちらの様子を伺っているのか。
衣擦れ一つしない様子に、俺の不安と緊張は更に高まっていく。
動かない。
本当に人が部屋に入って来たのかと思う程、気配を感じない。
一体何をしているのだろうか。
ス・・・・
襖の開く音がした。
「!!!」
絶体絶命・・見つかった・・・
俺は咄嗟に目をつぶり頭を下げた。
「・・・・・・・」
何も言わない。
(?)
てっきり叱られると思っていた俺は、恐る恐る顔を上げる。
しかし、開けられたと思った襖は閉じたままで暗闇が広がっている。
パタン
襖の閉まる音。
(え?・・・)
どうやら、押し入れを開けたのではなく部屋の襖を開け出て行ったようだ。
「ふぅ~」
俺は大きく、そして静かに息を吐いた。全身にじっとりと嫌な汗がにじみ出てくる。
(スリッパがこの部屋の前にあったなら、俺がここにいると分かるはずなのに。どうして日下部さんは何も言わなかったんだろう)
ゆっくりと押し入れを開け、猫のように素早く部屋を出るとキッチンへと向かった。
キッチンには、椅子に座りお茶を飲む日下部の姿があった。
「大丈夫かい?大分遅かったけど、お腹でも痛むのかい?」
少しだけ腰を浮かし心配そうに聞いてくる。勝手に部屋に入った俺に対してのお咎めはあるのだろうか。
「え?・・・あ、大丈夫です」
「こちらの我儘で食べてもらったのに、お腹を痛めたんじゃ申し訳ないからね」
そう言って腰を下ろした。
「はは」
「熱いお茶飲むといいよ」
用意してある湯飲みにお茶を注いでくれる。
「有難うございます」
日下部の様子を伺いながら目の前に座るが
(わざと何も言わないのだろうか・・・それとも別に見られたとしてもかまわないものなのか・・・)
結局、日下部から何も言われる事なく、雑談をした後家を後にした。
家を出てホッとはしたものの、疑問が二つ出来た。
一つ目はあの部屋に俺が入った事は分かったはずなのに、何故日下部は黙っていたのか。
二つ目は祭壇の前にあった写真に写る人物だ。かなり古い写真らしく、所々にテープで補強がされていた。白黒と言うより、色あせてセピア色に近くなっていた。
何処で撮られたものかは分からないが、緊張した面持ちで男の子と女の子が二人並んでいる写真。
「マジか・・・あの写真の女の子・・アカだ・・どうして日下部さんがアカの写真なんか持ってるんだ?」
もう何が何だか訳が分からなくなってくる。次第に頭も痛くなってきた。
「無理・・・早く帰って寝よ」
昨日からまともに寝ていない身体はついに悲鳴を上げ始めていた。
俺は、自分の部屋のベッドを思い浮かべその途中何があっても目をそらさずベッドまでまっしぐらに行こうと心に誓うと、そのまま突進するかの如く部屋のベッドめざし歩き出した。
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