床下

1/2
前へ
/53ページ
次へ

床下

床下は、大人の男が腹ばいになればギリギリ通れる位のスペースがあった。 しゃがみ込みゆっくりと腹ばいになる。冷たく湿った土の感触が、子供の時に公園で泥だらけになって遊んだ記憶を呼び起こす。 「うわぁ。つめてぇ」 「泣き言言うな。さ、ゴキブリの様に隅々まで見るんだぞ」 他人事(ひとごと)だと思って好き勝手言ってくれる。 でも、早く見回らないと地面の冷たさで腹が痛くなってきそうだ。 ムッとした強い土の匂いを間近に感じながら、俺は四肢を虫のように動かし移動し始めた。 懐中電灯で行く先々を照らし這いずり回る。 「あったか~」 上の方から杉本の間延びした声が聞こえてくる。 「いや・・ないな」 「お前、表面だけ見てても駄目だぞ?埋まってるんだからな。掘らなきゃ」 「掘るって・・」 ただでさえ床下で這いつくばっているのが嫌なのに、掘る作業も加わるのかと思うと泣きたくなる。 「やっぱり無理だよ」 「何が?」 「骨が埋まってるとしたらこの辺り全部掘り返さなくちゃいけないだろ?気が遠くなる」 「やるしかないだろ?別にお前がいいって言うなら俺はそれでいいけど。俺がここに住んでる訳じゃないからな」 「・・・・・分かったよ」 人間とは不思議なもので、勧められるとやめたくなるし逆に突き放されるとやりたくなる。 少々天邪鬼気質な俺は、新たに加わったスコップと言うアイテムを持ちながら床下の探索を開始した。 身体の冷えに我慢できず何度か休憩を入れながら探索していく。 全身が土や蜘蛛の巣まみれになっている俺を、多少不憫に思ったのか杉本も床下に潜ってくれた。 「ふぅ~マジキツイな」 「ああ。もう鼻に土の匂いがついちまった。何嗅いでも土の匂いしかしない」 「俺も・・」 泥遊びでもしたかの様に真っ黒な男二人が床板の上で力なく胡坐をかき座る。床下は俺達二人で掘り起こしたため、畑を耕したみたいに凸凹になっている。 本当に骨などあるのだろうか。もしあったとしても、ソレは土深く埋められ俺達に見つけることが出来ないのではないか。 意気消沈している俺に、杉本がおもむろに言った。 「聞いてみたらどうだ?」 「は?誰に?」 「アカって子供に」 「・・・・」 俺はクローゼットの方に視線を移す。 今日もいつものように、指三本分ぐらいの隙間が開いている。 「聞くって言っても、そう都合よくいてくれるかどうか。最近ずっといないからな」 そう言いながら立ち上がりクローゼットを開ける。 ~頑張ってるね~ いた・・・ いつものように段ボールに座り両足をぶらつかせながら、俺をにこやかに見上げている。 ~骨は見つかった?~ 「いや、床下に潜って探したがまだ見つからない。どの辺りにあるとか、お前分からないか?」 ~お手紙はあった?~ 「ああ。ソレはあった。変な壺に入ってたけど、なんて書いてあるのか全然読めない。なんで壺の事知ってるんだ?」 ~見てたからね~ 「見てた?」 ~多分みんなは、そのお手紙の近くにいると思うよ~ 「手紙の近く?あの壺が埋まっていた近くに骨があるって事か」 ~多分ね~ 「よし、お前ちょっとまってろ。いいか、動くなよ。今見てくるから」 何度も念を押し、俺は杉本の所へ急いで戻る。 「壺があった場所の近くにあるかもしれないって。その辺り重点的に探してみようぜ」 果てしなく続く探し物にようやく終止符が打たれると思った俺は、喜び勇んで杉本に言った。 「・・・・・」 「どうした?」 杉本はおかしな顔をして俺を見ている。驚きと戸惑いが入り混じったような表情。 「どうしたんだよ。腹でも痛くなったか?」 「・・・いや・・お前、さっき誰と話してた?」 「あ?ああ、お前の言ったアカだよ。丁度いてくれたから助かった。いつもいるとは限らないんだ」 「・・・そう・・・か」 何とも歯切れが悪く、クローゼットの方へ何度もチラチラと視線を送る。 「あ、そうか。お前には視えないんだな。あの二つの段ボールの左側に座ってる」 「段ボールの上・・・」 「ああ。それより早くやろうぜ。俺が探すからお前は上からライトを照らしてくれ」 「・・・あ、ああ」 杉本は何度も、俺とクローゼットを交互に見ながら返事をし立ち上がる。 「そうだよな。何もない場所に向かって喋ってる奴なんか見たらおかしいと思うよな。でも本当にいるんだよ。あそこに」 壺があった場所に降り、埋められていた辺りを掘り返しながら俺は言った。 「・・・・」 杉本からは何の返事もない。余程驚いたのだろうと思っていた。だが実際杉本は、別の意味で驚き戸惑っていたのだ。 そんな事とはつゆ知らず、俺はザクザクと渾身の力を籠め冷たく硬い土にスコップを突き刺し掘り起こしていった。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加