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警告1
それから約三時間ほどで焼き肉会はお開きとなった。
前歯のない口を開け、にこやかに送り出す日下部にお礼を言いつつ俺達はアパートへと歩いて戻る。
帰り道、俺はほろ酔い気分で歩いていた。焼き肉会の最後の方で、畠山がやけに酒を進めてきたので飲んでしまったのだ。この後用事がある訳でもないし、飲んでも支障はないだろうと勧められるままに俺は飲んだ。久しぶりに飲む酒は、五臓六腑に染み渡り新しい生活の祝杯の様な気分でいた。自然と鼻歌が出てしまう。
鼻歌交じりに歩いている俺を見た畠山はニヤニヤしながら近づき言った。
「お?機嫌がいいね?美味い酒だっただろう?」
「ええ。日本酒は苦手なんですけど、スルスルと入って行きました。凄く飲みやすかったですよ」
「だろう?日下部の爺さんの知り合いが酒屋をやっているとかで、いつも送って来るそうだ」
「へぇ~そうなんですか」
「ま、団子は酒でも飲んでから部屋に帰った方がいいんだよ」
「何でですか?酒飲んでから帰った方がいいなんて」
「あれ?知らないの?団子の部屋は人死んでるんだぞ?」
「ああ。知ってますよ。何でもクローゼットの中で首をつってなくなったとか・・」
「ああ・・そう聞いてるんだ」
「え?そう聞いてるって・・・違うんですか?」
「いや・・・確かにクローゼットの中で死んでた」
「死んでたって・・・まるで見たような言い方ですね」
「ああ。実際俺が第一発見者だからな」
「ええっ!!マジっすか!」
思わぬ告白に俺は驚き大きな声を出した。
俺達の後ろには、少し離れた所に良子婆と瞳が二人並んで歩いて来る。
畠山はチラリと後ろから来る二人に目をやった後
「団子は幽霊を信じるか?」
「へ?」
突然の質問に俺はおかしな声を出した。
「・・・幽霊ですか・・ん~どっちかって言ったら信じてない方ですかね」
「ふん。そうか」
「畠山さんは信じてるんですか?」
「俺も信じてない。でも・・・」
「でも?」
そう聞き返してみたが、畠山はそれっきり何も話さなくなった。
(なんだ?結局何が言いたいんだ?)
折角の美味い酒の後の心地よい余韻がすっかり冷めた俺は、それ以上聞く事なく歩き続ける。
「御手洗君。何か困った事があったら、私はいつも家にいるから遠慮なく言って頂戴ね」
アパートに着き、部屋の鍵をポケットから出そうとしている俺に良子婆は笑顔を向け声をかけてくれた。
「はい。有難うございます。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ~」
日下部の目論見通り、一気に住人達との距離が縮まったような気がする。
鍵を取り出し玄関を開けようとした所で何やら視線を感じ動きを止めた。
その視線を探す為周りを見て見ると、そこには103号室に住む瞳が玄関の前に立っている。
「?」
瞳は、ただ立っているだけで部屋の中に入ろうとしない。
「瞳さん?どうかしましたか?」
〇子の様な陰気な女とは関わり合いになりたくなかったが、一応同じアパートの住民と言う事でいやいやながらも声をかける。
俯いたまま立ち尽くす瞳は何も反応を示さない。
「瞳さん?」
近くに行ってもいいのだが、何とも不気味な雰囲気。良子婆を呼ぼうかどうか迷っていると
「逃げた方がいい」
「え?」
焼き肉会の時、瞳は一言も話さなかった。初めて聞く瞳の声は意外にも澄んだ綺麗な声だ。
瞳の言った事が咄嗟に理解できなかった俺は聞き返すが、瞳は長い髪を揺らすことなくスルリと部屋の中へと入って行ってしまった。
「・・・逃げた方がいい・・・って言ったのか?」
さっぱり訳が分からなかったが、急に寒気を感じた俺はブルリと体を震わせると慌てて部屋の中へと入った。
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