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不思議な子
引っ越してからしばらくは慌ただしい日々が過ぎていった。
新しい大学生活。新しい住処。親元を離れ初の一人暮らし。
温かい春の日差しの中、まさに希望に満ち溢れるような楽しい時間。
休みの日。荷物を開封し自分好みの部屋のレイアウトを考える。それに伴う必要な家具や棚を買い揃えていく。とは言っても金に余裕がある訳ではないので、必要最低限の買い物になる。それでも、大体満足するまでにはなってきた。
「いつも悪いな」
「いいよ。昼飯おごってもらえるし。コンビニ弁当だとは思わなかったけどな」
「予想以上に金がかかったからな」
バイトが休みだという杉本に買い物など色々手伝ってもらった。予想以上の出費だったのでコンビニ弁当しか奢れない。
「どうよ。一人暮らし」
「まだ落ち着かないかな。バタバタしてたし」
「ゆっくりやって行けばいいさ。まだ色々やる予定なのか?」
「いや、当面これでいいかな」
「ふ~ん・・・あのさ」
「ん?」
「この部屋に来てからずっと気になってたこと言っていいか?」
「なんだよ」
「あのクローゼットって何でいつも少し開いてるんだ?」
「あ?」
杉本が見ているクローゼットの方を俺は見た。確かに指三本分ぐらいの隙間が開いている。
「閉め忘れたんだろ」
そう言って立ち上がるとパタンとクローゼットの扉を閉める。
「いや、さっき俺が閉めたはずなんだ。でも気がついたら開いてる・・・なぁ、自殺した人ってクローゼットの中で自殺したんだろ?やっぱりいるんじゃないか?」
杉本は眉を寄せ気味悪そうに言った。
「は?まぁいるにしてもこの数日間何もないし大丈夫じゃね?」
「その内実害が出たりして・・」
「出ねぇよ」
そう言ってはみたものの、実は考えられない事が昨日あったのだ。
それは三日前の夜まで遡る。
ベッドで寝ている時、誰かの話声で目が覚めた。ボソボソと喋る低い声。
最初は隣人のテレビの声や話声だろうと思ったが、よく考えてみると隣りの102号室は空室。となると、真上の201号室の畠山の部屋から聞こえてくるのか・・
いやそれも違う。確か一昨日から東北の方へ二週間出張だと言っていた。じゃあ誰の声・・・
何て言っているのか耳を澄ましてみる。
(お経?・・・話声って言うよりお経の様な・・)
声の答えが見つからないと気になって眠る事が出来ない。
ブツブツと低い声が何処からともなく聞こえる。耳を澄ませても何を言っているのか分からない。そっと布団から顔を出し頭を持ち上げ部屋の中の様子を伺う。
真っ暗な部屋の中にカーテンの隙間から入って来る月の灯りが細く伸びている。その伸びた先にクローゼットの扉があり少しだけ開いている。
(あれ?・・閉めたと思ったけど)
そう思い起き上がろうとしたがすぐにやめる。何故なら、声はそのクローゼットの中から聞こえてくるような気がしたからだ。
アパートの周りは駐車場や空き地、どこかの会社の資材置き場があるぐらいで深夜に歩いている人など滅多に見た事がない。なので、外から聞こえる声と言う可能性は低い。
そんな事を色々と考えている間も途切れることなく聞こえる話声。
もう一度ジッと耳を澄ませてみる。全神経を耳に集中させ声の出所を掴もうとする。
(やっぱりクローゼットの方から聞こえる)
そう確信した瞬間、急激に身体が冷えていくのが分かった。前居住者はあのクローゼットの中で首を吊り亡くなった・・・俺は買ったばかりの布団を頭まで被りその夜はやり過ごした。
二日目・・つまり昨日、又深夜に聞こえ出した声に我慢できなくなった俺は乱暴に布団をはぐ。昨日からろくに寝ていない。寝不足のまま、まだ慣れない大学生活をこなすのは精神的にも肉体的にもかなりキツイ。それに、近々バイトも始まる。こんな状態ではバイトどころか日々の生活すら危うくなる。
カーテンの隙間から入る明かりの先にあるクローゼットは、今日も指三本分ぐらいの隙間が開いている。
ベッドから降りフラフラとした足取りでクローゼットに向かって歩いて行く。
「うるせぇよ!!」
バァン!と勢いよく扉を開けた俺は、クローゼットの中に向かって叫んだ。
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