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まゆば
「まゆばって何なんだ?」
いつしか俺は床に尻を突き胡坐をかいていた。
女の子は、俺と話すのが嬉しいのか小鼻を膨らませ得意げな顔をして話し出した。
~まゆばって言うのはね。まゆになる場所なんだって~
「は?さっぱり分からん。まゆって、あのお蚕さんの繭の事なのか?」
~お蚕さん?何それ~
「・・・お蚕さんって言うのは、こう芋虫みたいな奴で白い糸吐いて・・まぁいいやそれで?」
~でね、まゆになった人はそこから生まれ変われるの~
「生まれ変わる?何に」
~色々。ゆうちゃんは犬になりたくてここに入ったけど、犬じゃなくて猫になっちゃった。幸恵ちゃんはウサギになりたかったけど毛虫になっちゃった。難しいみたい~
小さな肩をすくめ残念そうに話す女の子を見て、俺の頭は益々混乱した。
~私ね、もう一人の私になりたいんだ~
混乱する俺を気にすることなく女の子はサラリと言った。
「もう一人の私?」
~そう。私は、私が余り好きじゃない。でも、もう一人の私はいつも笑ってる。本をいっぱい読んでもらえるから色んな事を知ってるんだ~
「そう言う人になりたいって言うのか」
~そう~
確かに、成長し人と関わって行く中で憧れと言うものが出て来る。しかしこんな小さい頃からそんなこと思うだろうか。
「お前何歳?」
~私?私は9歳だよ。妹も9歳。ねぇおじさん、私がここに来た事みんなに言わないでね。叱られるから。学校の先生や大人達はみんな、ここに来ちゃ駄目だって言うの~
「何で駄目なんだろうな」
~まゆばだから~
「・・・そのまゆばって言うのがいまいち理解できないんだが・・・」
~おじさん結構頭悪いね~
「・・・いいか。そもそもここは俺の部屋でまゆばって言う場所じゃない」
~おじさんだけが知らないだけなのかも~
「・・・・・・」
確信を突かれたようで俺は言葉が出なかった。
このアパートに決めたのは破格な家賃の安さで決めた。大学も近く駅にも中々に近い。ソレで家賃も安いとなれば決めないという選択肢はない。ただ気になるのは、事故物件だという事とこのアパートの周りには建物が一つも立っていないという事だ。
もしかしたら、アカの言うまゆばと言う場所だから周りに建物がないのだろうか。
俗に、忌地と呼ばれる土地がある。元、処刑場だったり合戦場だったりする土地。その上に住む建物を建てる事を人は好まない。なので、公園や学校などにするケースが多いと何かで読んだ気がする。
考え込んでいる時、インターフォンが鳴った。
「ちょっと待ってろ。まだ話は終わってないからな」
俺はそう言うと、クローゼットの扉を閉め玄関へと向かう。
玄関を開けると、手に紙袋を持った杉本が立っていた。
「おう。来たぞ」
「ああ・・・なんだ杉本か」
「何だよ。来ちゃ悪かったか?」
「いやそうじゃない。すまん」
そう言って杉本を部屋の中へと促す。
奥の部屋へと入った杉本は、手にしていた紙袋を俺の方へと差し出し
「これ親父から。引っ越し祝いだってさ」
「マジで?何か悪いな」
そう言って受け取り中を見て見ると、インスタントラーメンが大量に入っていた。
「何だよこれ」
「親父が初めて一人暮らしをした時、ソレにお世話になったそうだ。絶対必要な物だから必ず渡せって持たされた」
「はは。そうかもしれないな。サンキュー」
「さて、何から始めるんだ?」
「そうだな。取り敢えず買いたいものはリストアップしてあるから、それかな」
「じゃあ早速行くべ。さっさと終わらせて帰る」
「来て早々帰る気満々ってヤダな」
「ははは。早く用意しろよ。俺は駐車場で待ってるから」
「ああ」
そう言って俺は手早く身支度を整えると急いで部屋を出た。
クローゼットの中にいるアカの事が気がかりだったが、少し話しただけで分かる事柄ではないと判断し後回しにしたのだ。
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