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白い世界の白い天使
「はーい、起きてー」
暗い世界の中で聞こえてきた呑気な声。少し間延びしたような話し方がよく似合う、可愛らしい声だった。
その声に従うように目を開けると、そこは真っ白な世界だった。辺り一面が濃い雲に囲まれたような、ふわふわとした明るい世界。暗いと思っていたのはどうやら僕が目を閉じていたからのようだった。
「起きた? えぇと、柳川高哉くんね?」
目の前で僕の名前を呼んだその声の主は、周りの景色と同じに真っ白だった。頭の上でお団子にしている髪も着ている服も短いスカートも、全部白い。何よりもその背から広がっている羽の輝くような白さが目に突き刺さる。
「……てんし……」
ほとんど無意識に呟いていた。絵画なんかの影響か、天使というものは大人しく目を伏せた女性や若しくは弓矢を持った赤ん坊のイメージでいた。今、目の前にいるのは僕と同い年くらいの女の子で、そのイメージとは違い、明るく笑っていた。それでも確かに天使だと、僕はそう思ったんだ。
僕の呟きに彼女は誇らしげに顎を上げてにっと笑った。
「そうよ、わたしは天使。って言っても見習いだけどね。あなたはまだ死ぬ予定じゃないから、現世に送り返すのがわたしの仕事。でないと天国のバランスが崩れちゃうの。見習いだけど、大事な仕事なんだから」
自称天使見習いの言葉に僕は自分が自殺しようとしていたことを思い出す。だけど死ぬ予定じゃないって? 僕はまだ死んでないってこと?
分からないことだらけで眉間にしわを寄せていると、彼女はやっぱり笑って言った。
「まぁそんなこと言われても分かんないよね。あのね、簡単に言えば、あなたがもう一度生きようって思えるようにするのがわたしの仕事なの。そう思えれば、あなたは現世に戻れる。ちゃんと本当の寿命まで生きて、そうしてからもう一度ここに戻ってくるのよ」
明るく誇らしげに話す彼女に、僕は心が沈むのを感じていた。
そうか、僕はまだ死ねないんだ。まだまだ、いつか分からない寿命まで生きなければならないんだ。
それは長く薄暗いトンネルを歩き続けるようなもの。先の光なんて見えないのに、それでもただ歩かなければならないのか。
沈む僕の顔を見て、天使見習いは声音を優しくして言った。
「大丈夫。あなたはちゃんと帰れる。そして、良い人生を送れるの。だってね、そうするのがわたしたちの役割だから」
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