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直感トリップ
目が覚めたら、目の前に花畑が広がっていた。
ピンクと白のたくさんのコスモスがそよ風に揺れていた。
振り返ると高い崖があり、自分が足を滑らせて崖から落ちたことを思い出した。
ゆっくりと立ち上がったがどこも痛くない。
出血している様子もなかった。
身体はピンピンしていた。
コスモス畑の中を歩いていると、水の音がした。
流れのゆるやかな川に出た。
のどはカラカラだった。
川の水を飲んでいると、向こう岸に人の姿が見えた。
モンペを履いた白髪頭のおばあちゃんがこちらを見ていた。
おばあちゃんは、ゆっくりと右手をあげ、動かし始めた。
手首は固定したまま、手のひらをゆらゆらと上下に動かしている。
手招きをしていた。
手招きしている人を無視するのも気が引けるし、道をたずねるために橋を渡った。
「あの、道に迷ってしまいまして、町に出るには」
おばあちゃんの目はうつろだった。
質問しているのに目が合わない。
話しの途中でおばあちゃんは歩き出し、途中で振り向いた。
そして私に手招きをした。
また歩き出し、しばらくすると振り向いて手招きをする。
それを何度も繰り返した。
怖くなって私は逃げた。
川下に向かって急ぎ足で歩いた。
振り向くとおばあちゃんは私に向かってずっと手招きをしていた。
夢中で歩いて、気づくと森の中にいた。
もうおばあちゃんの姿は見えない。
ほっと息をついて木の根元に腰をおろした。
気味が悪いおばあちゃんだった。
上がった息が落ちつくと、お腹が鳴った。
時刻を確認しようと手首を触ったら腕時計がなかった。
さっき太陽は真上にあった。
ということはお昼くらいということになる。
でも道に迷って崖から落ちたときは夕方だった。
一晩中、崖の下に倒れていたのか。
よく無事だったなとあらためて自分の生命力に驚いた。
そういえばリュックがない。
リュックの中に食料や地図が入っていたのに、きっと落ちたときになくしてしまったのだ。
クソッとこぶしを木に叩きつけたとき、何か柔らかいものに触れた。
きのこだ。
周りを見渡すとたくさんのきのこが木から生えていた。
これは、しいたけだ。
まちがいない。
しかし、しいたけは生で食べられない。
でもお腹は減っている。
少しくらいなら大丈夫だろう。
そう思って、かじろうとしたが、嫌な予感がしてしいたけを捨てた。
せっかく助かった命だ。
もしかしたら、しいたけじゃなく毒きのこの可能性もある。
そう思ってあきらめた。
とぼとぼと森の中を歩いていると、突然、森の木々が騒がしくなった。
鳥が一斉に飛び立ち、木漏れ日の中に葉が舞った。
立ち止まって耳を澄ました。
神経を研ぎ澄まし、音に集中した。
森がざわめいている。
しばらくすると、銃声が鳴り響いた。
熊がいるのか?
熊に遭遇したら大変なことになる。
こういうときはどうしたらいいのか。
もう一度、銃声が鳴った。
今度は近かった。
まさか!
私が熊に間違えられているんじゃないか?
自分の腹や腕を触って確認した。
熊みたいな体型に黒いTシャツに黒いズボン。
オレンジ色のウインドブレーカーを着ていないことに今気づいた。
この服装では熊に間違えられてもおかしくない。
そう思ったら恐怖に駆られた。
また銃声が聞こえた。
私は、わーと叫びながら走り出していた。
怖い怖い怖い。
足場の悪い森の中を全速力で走った。
熊も人間も怖い。
夢中で走っていたら、視界が開けた。
アスファルトの道路だった。
そして目の前にはコンクリートの建物が見えた。
助かった。
建物の入口に到着すると、そこは病院だった。
一気に安心感に包まれた。
病院内に入ると、ロビーは閑散としていた。
そうか。
今日は休日だから病院は休みなのだ。
誰かに事情を説明して電話を借りるなり、お金を借りるなりしなくては家に帰ることはできない。
崖から落ちたと説明すれば精密検査もしてくれるかもしれない。
とりあえず、人を探そうと階段を上がった。
二階は入院患者がいる病棟のようで、いくつも部屋が並んでいた。
どこかで人の声が聞こえた。
一つ一つ部屋をのぞきながら看護師さんを探した。
どのベッドにも患者が寝ていた。
一番端の部屋から声が聞こえた。
のぞくと、白衣を着た医師と看護師の姿が見えた。
ベッドの周りを数人の人が取り囲んでいる。
ピーと機械の音がすると、医師と看護師が慌て始めた。
患者の家族と思われる人々は、すすり泣きを始めた。
彼らに注目したとき、私は衝撃を受けた。
ハンカチを目に当てて泣いているのは私の妻だ。
その隣には私の娘と息子、そして私の父と母がいた。
一体どういうことだ!
「あなた……」
妻が嗚咽を漏らしながらそう言った。
私は、ベッドに駆け寄った。
ベッドの中を見ると、そこに寝ていたのは私だった。
医師が心臓マッサージを始めた。
とっさに戻らなきゃと思った。
「どけどけ!」
ベッドを取り囲む家族をかき分ける必要もなく、私は彼らをすり抜け自分にダイブした。
生き返った私に驚く家族に、私は、運のいい旅の話をした。
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