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「うぅ……。そんっな事…。」
「いや、いいんだ。お前が泣いてくれるのは、俺がお前にとって拠り所になってるからだと思うから。俺はお前に頼られていたい。」
笑いを含んだ道管さんの声に、僕への優しさを感じて僕の涙はさらに溢れ出す。
「お前があの家から姿を消して…俺にはあの曲しか残されてなかった。昔の俺ならあの曲と一緒に生きていっただろう。そしてそれに満足しただろう。でもあのだだっ広い空虚な家に1人でいるのはもう耐えられなかった。お前の存在は、もう俺の中で何物にも変えられないものになっていたんだ。」
道管さんの言葉が少しずつ僕の身に染みてくる。
優しい声音はずっと求めていた優しさと慈しみの気持ちが込められていた。
「そもそもメディアの仕事を再開しようとしていたのはお前の存在があったからだ。お前が消えた日はこれからの打ち合わせで馴染みの人間に会う予定だったんだ。」
「あ、あの日はっ。」
「うん、そうだな。あの日は人生最悪の気分を味わった。前の晩、あれだけ幸福の絶頂を味合わった人間がここまで絶望を感じるのかって思うぐらいには。」
「ご、ごめんなさっ…。」
「だから………。いい?もう一度お前を抱きたい。そうしたら、もう和永は俺のものだ。この腕から出してやることは出来ないし、俺から逃げる事も出来ない。何重にも真綿で包んだように大切にして離さない。そう誓ってくれたら……俺はあの絶望を忘れることが出来る。」
その酷く強い執着に、僕の心はドクンと跳ねた。
僕だけを求めてくれる人。
僕だけを見つめてくれる人。
そんな僕には過ぎた幸福を、この手に取ってもいいのだろうか。
言い淀んでいた僕の顔を覗き込む道管さんの瞳は、言葉とは裏腹にどこか不安気に揺れていた。
僕が否定するわけないのに。
そう笑いたくなったけれど、僕は泣く事でしか返事を返していないのだと気付いた。
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