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そんな僕の様子を見つめる道管さんの視線を感じた。
そのまま静かに時を感じていたかったけれど、僕は意を決して口を開いた。
「あの…道管さん…僕、帰ります。」
僕の言葉に、道管さんはほんの少し動きを止めた。
僕が道管さんを拒絶したと思ったのだろうか、強張った表情で僕を見つめている。
考え違いを正したくて、僕は急いで言った。
「全部片づけてきます。そしたら……そしたら、また道管さんの所に戻っても…いいですか?」
僕の中のケジメだった。
力になってくれた恭子さんやお店のオーナーや従業員のみんなに挨拶をしたかった。
僕の事情を知っているだろうに、深く聞くこともせず居場所を作ってくれたその気持ちにちゃんとお礼を言いたかった。
華寿子さんのことも、もう一度担当の先生と話をしないといけないと思った。
僕が息子であることは変える事の出来ない事実で、華寿子さんがあんな状態になって初めて、僕の事を慈しんでくれていたことを知ったから。
どんな事情があって、何が華寿子さんを変えてしまったのかは分からないけれど。それでも自分が望まれてこの世に生を受けたのだと知った事は僕の中での華寿子さんへの気持ちを確かに変えた。
「僕には何も出来ないけれど、ちゃんと挨拶をしてきたいんです。は、母にも。助けてくれた人たちにも。」
一つ気になるとすれば、恐喝してきた安井の存在だった。道管さんは安井にお金を払ったのだろうか。
僕はもう道管さんの傍を離れるつもりはないけれど、安井の存在に不安を覚える。
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