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式典のパートナー
本当だったら、「王族の中から誰か選んでくださいよぉ」と冗談のひとつでも言えたらよかったけれど、私は強欲にも「私、そんな正式な場に出られるようなドレス持ってませんよ?」が先に来てしまい、内心頭を抱えた。
私の、馬鹿ぁぁぁぁ。そんなのクリストハルト様が「だったらこちらで手配しよう」と言って流される奴じゃんかぁぁぁぁ!!
既に頭を抱えたくなっている中、クリストハルト様はまじまじと私を眺めていた。すっかりと怜悧な表情に冷酷にも見える澄んだ瞳の人に戻ってしまい、自白剤かけたときのような素直過ぎる感情は読めなくなってしまった。
私はいったいなにを観察されているのかわからず、とりあえず尋ねた。
「あのう……クリストハルト様……?」
「君は何色が好きだい?」
「ええっと、緑が好きです。新緑とか、若草色とか」
「そうか……うん、わかった。手配しよう」
……もしかしなくても、私にドレスを贈ろうとして、色を見極めていた?
私は慌てて口を挟んだ。
「私、これ普通に式典に参列する流れになりますかね?」
「そうだね。いけない?」
「い、いえ……ええっと……」
あまりにも軽い口調で言われてしまい、私も口をまごまごとさせる。
前みたいになんでもかんでもストレートに言われてしまったら、逆にツッコミ気質でなんとか断ることができたけれど、これだけ淡泊に、なおかつ逃げ道塞がれてしまったら断りたくても断れない。
私はとりあえず「あのう」と言った。
「前に真珠のネックレスまで贈ってもらいましたし……これ以上はいただけませんし……私が宮廷魔術師として稼げるようになるまで、待っていただいてもよろしいでしょうか……?」
「どうして?」
「王族の方や、むっちゃお金持ちの貴族の皆々様の金銭感覚は存じませんけどね。これだけお金のかかるものをもらっちゃったら、なにかあったらすぐお金ないないしちゃう下級貴族には荷が重いです。だから、稼げるようになるまでは、その……私、本当の本当に、クリストハルト様になんにも返せませんし。真珠のネックレスだって、お金にしたら宮廷魔術師としてだって給料何年分になるかわかりませんし……その……困ります」
わかってもらえただろうか。
要は「外堀埋めようとあれこれしてくれるのは理解してるものの、余計恐縮するだけだから、ちょっと待って」ってことなんだけれど。
私はチラチラとクリストハルト様を見ると、少しだけ口角を持ち上げられた。近くで見ないと笑っているのか笑っていないのかわからない程度の微笑。
「君は相変わらずひどいね」
「……ひどい、んでしょうか」
「でも待つよ。まずは外堀だけ埋めさせて欲しい。これは単純に君をないがしろにしたいという意味だけでなく、君や君の故郷をないがしろにさせないために」
「はあ……わかりました」
前のときみたいに、議会派の方々と王族派の方々で揉めているんだったら、また私みたいなのにちょっかいをかけてなんやかんやあるかもわからないから、そのフォローをさせて欲しいってところか。
大変なんだなあ。結局はドレスはクリストハルト様が持つ。私はそれを着て式典に出席する。ただこの時点では私は式典参加のパートナーというだけで、それ以上の意味合いは持たせない。ただ議会派の牽制は行う。そこで話はまとまった。
****
王太子殿下とアウレリア様の挙式は、それはそれは華やかなこととなった。
パレードは私やクリストハルト様、王立学園関係者は参列せず、それを王城のバルコニーという特等席で眺めさせてもらえることとなった。
近衛騎士団が白い正装であちこちに配置され、宮廷魔術師も黒い正装で参列している。物々しいことになっているなと思いながら、私はそれらを眺めていた。
クリストハルト様のパートナーということで、私は贈られてきたエメラルドグリーンのドレスを纏い、前に贈ってもらった真珠のネックレスを首につけてきた。結局これ、なんの魔法がかかっているのかわからないけれど、クリストハルト様にもこれだけは絶対に付けてくるようにと言われていた。
アウレリア様の結婚装束はというと、それはそれは豪奢なものだった。長い真っ白な布地には、金色の刺繍が施され、その刺繍は麦穂が描かれていた。ベールにも花の刺繍がたくさん縫われている。抱えているブーケも、バッハシュタイン公爵領特産のバラを中心に据えたブーケであり、民を抱えて国に嫁ぐという意味になる。アウレリア様の真っ赤な巻き毛に、真っ白なドレスとバラがよく似合っていた。
「アウレリア様、本当に美しいわね……王太子殿下も本当に煌びやかで素敵だし……」
「今年の王立学園の生徒でなかったら、こんな特等席でパレードを眺めることはできなかったでしょうしね」
なによりも街道を埋めている民衆は、皆笑顔で見送っているのだ。これは日頃からこの国を変えようと動き、善意をあちこちに蒔いてきた成果だろう。
その高揚感の中、パレードはぐるっと王都を回って、王城へと帰ってきた。
やがて、祭司長による式典がはじまる。そこでようやっと、私はクリストハルト様のパートナーとして参列するべく移動しないといけない。
「イルザさん」
「……シャルロットさん」
「頑張ってくださいね。今日も本当に素敵ですから、絶対に大丈夫です」
「ありがとう……行ってくるね」
制服姿のシャルロットさんに握りこぶしで応援された私は、スタスタとクリストハルト様の元へと寄っていった。
クリストハルト様はというと、今日は真っ白な王族としての正装に身を包んで、マントを靡かせていた。背後には正装をしているドミニクさんもいるため、この場の神聖な空気感は、いち下級貴族には荷が重くも感じるものの。
駄目だよね。私だって、宮廷魔術師になったら、もっと七面倒くさいことに巻き込まれるんだろうし、ここで腰が引けているようじゃ。
「……クリストハルト様、お招きいただき、光栄に思います」
「あまり堅苦しくしなくていいよ。腕に捕まって」
「あ、はい」
私はエスコートしてくれるクリストハルト様の腕を軽く掴むと、そのまま式典へと向かう。
クリストハルト様の横顔をちらりと見たけれど、耳だけ赤くて、こちらに視線をできる限り合わせないようにしているようだった。
式典には、王族だけでなく、議会に参加しているような貴族たちが多数出席しているのが見えた。その人々の背後には近衛騎士団が控え、その間に宮廷魔術師がいるのだから、おかしな真似はしないだろうけれど。
結構な数がいるのに、その人たちの中から敵と味方の選別をずっと続けていたアウレリア様の精神力やら、この人たちから押しつけられたプレッシャーにずっと耐え続けてきたクリストハルト様の忍耐力を思い知る。
本当にすごい人たちだ。自然とクリストハルト様を掴む手に力が篭もり、正装に皺が寄ってしまうのに我に返った。
「ご、ごめんなさい……っ」
「……気にしなくってもいいよ」
クリストハルト様は小さく短く、私にだけ聞こえる声でそう言った。
「君をここに連れてきたかったのは、私が見ている世界を君に見せたかったから」
「私、なんというか……幼少期のクリストハルト様に、ものすごくいい加減なこと言ってませんか?」
「ううん。たったひとつのその綺麗な想い出だけが、私をここまで生かしてくれたから」
そう温度のない声でボソリと言われ、私は押し黙った。
もし前までの私が自白剤かぶったクリストハルト様に言われたんだったら、微塵も信じられなかっただろう。ただ、もう私は彼の事情をある程度は知ってしまっているし、なんだったら彼の言葉に嘘はなかったと思い知っている。
利用価値があるか、ないか。
王族として尽くす必要があるか、ないか。
次々襲ってくる、彼を利用したい人々との軋轢やら、癒着やら、神輿の打診やら。それらを捌いて避け続けるとなったら、そりゃクリストハルト様は感情に蓋をして、なんにも知らないファンクラブメンバーからは「クール」と呼ばれるようになってしまうんだ。だって、なにも感じてないように過ごさなかったら、利用されてしまうから。
式典に私を連れてきたっていうのは、単純に私をパートナーとして見せびらかせたいって意味だけでなく、私に最後の選択肢をくれたってことなんだろう。
外堀をただ埋めるだけではなく、選択肢を放り込んできたってのは、意地が悪いというか、なんというか。
ここで断ったら、彼はたったひとりでこの場で生きないといけなくなる。王族という責務からは逃げられないというのに。
ここで受け入れたら、私は彼と一緒にいられる代わりに、ここでの圧力を一身に浴び続けないといけなくなる。下級貴族には荷が重過ぎるという、せせこましい感情がまろび出るものの、それ以上に。
私は小さく言った。
「……待ってていただけますか?」
クリストハルト様は私の問いの意味を探るように、じぃーっとこちらを見下ろしてきた。私は彼の腕を掴む力を、もう少しだけ込める。
「誰にも文句を言わせないようになりますから。それまで、待っていただけますか? 返事は、そのときに」
こんな外堀を埋められた選択肢の中で、告白なんてできない。
きっとクリストハルト様だって、それは望んではいない。だって、それは「選ばされた」選択肢であって、私が選んでいないんだもの。
クリストハルト様は短く答えた。
「待っている」
そうこうしている内に、式典がはじまった。
祭司によるパイプオルガンの荘厳な演奏と共に、王太子殿下とアウレリア様が入ってくる。ふたりともオーラが太陽のそれであり、見ているほうがジリジリと焼けてしまいそうに圧倒される。
そのオーラを平然と受け流しているクリストハルト様の横顔を、ちらりと眺める。
その横顔が、なによりも頼もしかった。
式典で、祭司長により、厳かに結婚の言葉を交わされる。
ふたりが祭司長の言葉に合わせて、唇を重ねてから、やっと式典が終わる。
式典のあとは晩餐会であり、ようやっと王立学園の皆と合流したり、食事を摂ることが許された。
先程までのひりついた空気が一気に弛緩し、私はやっとアウレリア様の元に駆け寄ることができた。
「アウレリア様! このたびは結婚、おめでとうございます……!」
「あら、イルザさん。ありがとう。あの子のパートナーになってくれて、本当にありがとう」
アウレリア様も、パレードからはじまって、式典。そのあとバルコニーに出て民の皆に手を振って挨拶という怒濤のラインナップが終わり、やっとひと息つけたところだ。普段滅多に見せない彼女の疲れが、声の掠れ具合から察することができた。
「なにか飲み物持ってきますか?」
「それは我が殿下に任せているから。それにしても……あの子もずいぶんなものを贈ってたのねえ……」
そう私の胸元を見ていた。舞踏会のときにいただいた真珠のネックレスだ。私はそれを指で弾いた。
「これ、返却できずじまいなんですけど、やっぱりこれを返したら問題になりますかねえ?」
「そうねえ、これ。ものすごく宮廷魔術師の魔法がかかっているから、返さなくって正解だったかもしれませんね」
「……そこまでまずかったんですか!? 返したら呪われる……とか?」
「あの子も、さすがに好きな子に嫌われるような真似はしないけれど。ただ、好意の通じている相手に、好意が届きやすくなる魔法ね。この匂いは」
「ああ……」
「ついでに、その好意が届きやすくなる魔法を利用して、居場所がわかりやすくなるから、これを付けて不埒な真似をしていたらすぐ相手にわかるっていう、浮気防止の魔法なのよ。本来ならこれは、浮気性の王に妃がかけてもらう魔法なんだけれど……」
「えっ……!」
……前から謎だとは思っていた。どうして近衛騎士団に混ざって、クリストハルト様が私の捜索に混ざっていたのか。単純に「これが惚れ薬の効果かあ……」くらいに思っていたけれど、惚れ薬じゃなくって自白剤だと判明している中、あの行動はそれだけ私のことを心配していたからなのかな、自惚れていいのかなと考えてたけど……。
単純にクリストハルト様が私の誘拐をその魔法で察したからじゃないか! どおりでメイベル先生たち宮廷魔術師も、他に仕事があったにもかかわらず協力してくれた訳だ!
「しませんよ!? 浮気とか不埒な真似とか、全然……! というより、そんなものくれたんですか、クリストハルト様は……!」
「あの子、自白剤をかけられたときから、あなたの好意を黙っていられなくなって、逆に不安になったみたいなのよ。イルザさんの魅力に誰かが気付いたらどうしようと」
「誰も気付きませんかな!?」
「そうね……あなたのよさは、あの子が気付いてさえいれば充分ね。まあ、あの子がそろそろあなたと踊りたそうにしてるから、行ってらっしゃいな」
そうアウレリア様に促されて振り返ると、あちこちの挨拶に回ってやっと解放されたクリストハルト様がいた。
「義姉上と話ができたかい?」
「はい。本当に久し振りにお話しができて嬉しかったです」
「そう……一曲なら踊れる?」
「はい」
いつにも増して滑らかなオーケストラの曲を聞きながら、私とクリストハルト様はダンスフロアでワルツを踊った。
次、きっとこの距離でクリストハルト様とお話しができるのは、私が彼に答えを出せるときだ。
そう心に決めてから、四年ほど月日が流れた。
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