自業自得なプロローグ

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自業自得なプロローグ

 どうして、どうして、どうしてどうしてどうして! こうなった!  私は必死に走っていた。もしも我が王立学園の女帝のアウレリア様にでも見つかろうものならば、「典雅ではないですわね?」と叱られてしまう。そんなのご褒美です……ではない。  制服姿で必死に走っていても、周りからは「またか」と乾いた目で見られている。えーん、助けてよ! 「私のバラ、私の小鳥、私の日だまり。いったいどこかな?」  私が必死に走っている中、空気を読まない声が響いた。  ひいっ。  本当だったらすごく詩的な言葉で、これが素敵な王子様とお姫様のロマンスだったら、キャーキャー言いながら応援するというのに。  日差しを受けて艶めく銀色の髪。青ざめた空の色の瞳。本来だったらそこには笑みもなく、口元も緩まず、素っ気ないクールな態度。本来だったら氷の王子として有名だったはずなのに。  やがて、彼は私が必死に走っている廊下でようやく私を見つけてしまった。  ひいっ。 「私の虹。ようやく見つけた」 「ひいっ! 解釈違いですっ!」  いくらなんでもそんなのは、脳天気ポンコツ子爵令嬢の私に言っていい言葉ではない!  蜂蜜のように蕩けた笑みも、リンゴのように染まった頬も、優しげに見つめてくる瞳も。うううううう…………。 「すみません、ごめんなさい、解釈違いです! それ絶対に私に向けていいものではありませんからぁ……!!」 「ああ、私の真珠、イルザ……」 「ごきげんようー!!」  私は我がフリートベルク王国の第二王子、クリストハルト様を置いて、そのまま逃げ出した。  そう。本来だったら大問題に発展して、私の首と胴が永久にさようならしてもおかしくないのに、今はなんとかクリストハルト様の慈悲をもって見逃されている。  しかしこれ以上罪を重ねる訳にはいかないから、私はこうして必死に逃げているのだ。  私の調薬の師には、ものすっごく呆れられてしまった。 「自業自得だ、馬鹿者」と。  おっしゃる通りでございます。 ****  私とクリストハルト様が追いかけっこをするようになった経緯は、今からちょうど三日前。  その日、私は友達のシャルロッテさんとサロンに出かけていた。  うちの自領は、田舎も田舎の大田舎に存在し、周りも畑と森しかないというど田舎なため、王立学園に入学が決まってからも、週に一度お手紙をいただくくらいしか地元の情報が届かないという体たらくである。  そんな下級貴族が王立学園に入学したとしても、田舎者っぽさがそう簡単に抜け落ちる訳もない。  嵐が来たら家の使用人たちと一緒に走り回って備えをしたり、夏と冬に一回ずつ大掃除の指揮を執ったりするようなことは、大貴族はしないもんらしい。  そんな私を心配してくれたのは、私と似たような立場……とはちょっと違うけれど……のシャルロッテさんで、私が王都の常識がなさ過ぎるのを見かねて、サロンに誘ってくれたのだ。  ここのサロンはうちの学園の女帝であるアウレリア様が主催しているもので、令嬢も結婚したり独立して働き出したりするだろうから、ひとりでも多くのコネクションを持てるようにと開催されたお茶会である。  私たちみたいな下級貴族のためにもマナー講座が開講され、王都の常識をレクチャーしてくれている。至れり尽くせりな上に、アウレリア様ご用達のお茶とお菓子のご相伴にも預かれる。サロン大好き、サロン最高。  主催のアウレリア様は公爵令嬢であり、学園を卒業したら王太子妃になることが既に内定している。そのためか、下級貴族である私やシャルロッテさんに対しても優しく、なにかあるたびに話を聞いてくださるありがたい方だ。 「それでは、次はイルザさんの番でしたわね」 「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」  アウレリア様はカード占いが得意で、たびたびサロンで占いの鑑定をしてくださる。本来なら宮廷魔術師でもないとそこまで当たらないというのに、彼女のカード占いは驚くほど当たるため、サロンで占い鑑定を行うという日は予約が殺到してなかなか占うことができないでいた。  本当に運よく予約に滑り込めた私は、緊張した面持ちで彼女の前に座った。  アウレリア様は金髪の巻き毛のそれはそれは美しい人で、近くにいるだけでその高貴なオーラに飲まれそうになる。これが公爵令嬢、これが次期王太子妃、いずれは王妃様……。  そのオーラだけで、既に予約した甲斐があったようなものだけれど、私の目の前で、みるみるアウレリア様の顔色が曇っていくのが気になった。 「あ、あのう……私の占いの結果、なにかそこまで……ありましたかね?」 「……イルザさん、あなた悪いことは言いません。今日一日、寮に戻り次第大人しくしてなさいませ」 「はい?」 「あなたに嵐が巻き起こります。あなたがその嵐をなんとかしようとすればするほど、その嵐は大きくなります」 「はいぃぃぃぃ……?」  嵐ってなんだろう。これは比喩だよね。私は占いの結果をどう取ればいいのかわからず、混乱してアウレリア様を見つめる。  アウレリア様は重々しく告げた。 「あなたはいつも活動的で、それが王立学園にも光を与えています。ですが、あなたが持ち前の活発さを発揮すればするほど、よからぬ方向に話が転がります。大人しくしなければ、絶対に嵐は治まりません。わかりましたか? 絶対に、大人しく、するんですよ?」  その圧は、強い。  私の肌にビビビビビビビと鳥肌が立つ。 「は、はいぃ……」  私は鑑定結果を思い返しながら、首を捻って元の席に戻った。  そこではシャルロッテさんがいものパンケーキをおいしそうに食べていた。真っ白な髪に真っ赤な瞳がうさぎのようで愛らしいシャルロッテさんは、私が帰ってきたのを見た瞬間にぱっと華やいだ笑みを浮かべた。本当に可愛らしい方だ。 「お帰りなさいませ。どうかなさいましたか?」 「それが……」  私はアウレリア様の占い結果をシャルロッテさんに言うと、彼女はみるみる間に曇っていった。 「……アルレリア様の占いが外れたことって、今まででも数えるほどしかありませんわね。今日は大人しく寮に帰りましょう?」 「そうね、そのほうがいいかもしれないわね」  私とシャルロッテさんは、パンケーキを食べ終えると、サロンを後にして寮へと戻りはじめた。 「そういえば、私は予約できたけれどシャルロッテさんはよろしかったの? アウレリア様の占いなんて、なかなかしてもらえるものでもないわよ?」  戻りがてら、サロンの話題へと移る。シャルロッテさんはやんわりと微笑んだ。 「なかなかできるものじゃないからこそ、皆が占ってもらったほうがいいわ。それにイルザさんは初めてだったのでしょう?」 「ええ、そうね」  そうしゃべっていたら、ふっと廊下のほうに視線を感じた。  中庭を挟んだ反対側の廊下を歩いている人々が目に留まる。  夕日を受けてきらめく銀色の癖のない髪。サファイヤブルーの怜悧な瞳。この国の第二王子であり、私たちと同学年のクリストハルト様だ。今はお付きの騎士や取り巻きと一緒に乗馬に出ていたらしく、皆乗馬服で話をしているようだった。 「ねえ、見てみてシャルロッテさん! クリストハルト様だわ!」 「まあ……この時間帯に見ることは滅多にないのにね」 「クールで素敵ねえ……」  実際、彼のクールさはもっぱらの評判だった。別に無愛想な訳でもないし、性格がねじ曲がっている訳でもない。ただ、アウレリア様みたいな高い身分の貴族が持っている威圧感で周りが震え上がっている中、ひとり淡々としている印象だ。  その分笑顔はレアリティーが高く、サロンでもたびたび話題に上っては皆でキャーキャー言い合っている。ただ不思議なことに、未だに婚約の噂は流れてこない。  義弟になるはずのアウレリア様にそれとなく探りを入れてみても「彼も子供ではないのですから、こちらからとやかく言う話ではございませんわね」で終わってしまう。  そんな謎が謎を呼んで、クールでミステリアスと周りがキャーキャーと言って、密かにファンクラブまでできていた。私もそのファンクラブに参加している。  私が熱を帯びて見つめていると、ふいにクリストハルト様と目が合ってしまった。って、なんで!? 「わ、私、そこまでじろじろしていたかしら!? 今、クリストハルト様と、目が……!」 「まあ、イルザさん、ものすっごく熱視線で見つめてらっしゃったから、さすがに気付かれたんじゃないかしら。護衛のドミニクさんまで、こちらをすごい形相で睨んできますもの……」  たしかにクリストハルト様ばっかり目で追っていたけれど、護衛騎士のドミニクがものすっごい勢いで「なに見てるんだ」と睨み付けてきている。私は口でパクパクと「ごめんなさーい」と言ったものの、集団は既に廊下を抜けてしまっていた。  男子寮と女子寮はここからだと反対方角だ。明日までは会うこともないだろう。  私たちはのんびりと女子寮に入ろうとしたとき、「イルザさん」と声をかけられた。寮母さんだった。 「はい」 「ごめんさいね、来賓の方がお見えになっているの」 「はい?」  私はシャルロッテさんに「呼ばれているから行くわね」とひと言添えてから、寮母さんに付いていった。  寮の外部には応接室があり、来賓客は寮の内部には入れないものの、そこで王立学園に通っている生徒と話をすることができる。そこに来ていたのは、お父様だった。 「お父様、王都にいらっしゃったの?」 「ああ、イルザ……! 大変なことになったんだよ……!」  寮母さんが「終わりましたら鈴を鳴らしてくださいね」と言って立ち去った途端に、私にガバリと抱き着いてきた。  仕事で王都に来たからわざわざ王立学園にまで顔を出す訳もないし、ただ事じゃない印象だ。 「どうしたの、お父様。そんな顔をして……!」 「……うちが破産しそうなんだよ! このままだと、お前を売りに出さないといけないんだ!」 「……はい?」  私は固まった。 『嵐が来る』。アウレリア様の占いが、早速当たったようだ。
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