波久礼銀太

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銀太は田村が訪れたその日の内に、郭仁(かくひとし)のに連絡して、郭の店に向かう。郭は台湾系華僑3世で、呪物屋をしている。 「郭さん、頼んだの」 「あるよ!」 40過ぎ位のごましお頭を後ろでチョンマゲに結わいた。メガネの男が威勢良く言った。彼が郭仁である。 6畳ほどの小さな店内には所狭しと、ガラクタが積まれているが、全部呪物であった。その奥の小さなカウンターの後ろで呪物に郭は囲まれていた。 郭は元々は実家の小さなリサイクルショップを継いだが、古美術商の資格を取り、郭久鹿久庵というふざけた名前の骨董屋に変えた。 その後、怪談ブームから呪物が持て囃されるようになると、呪物屋を名乗り適当な呪われているという品を高額で売っていた。 古美術と違い、現代のありふれた物では何かしらの謂れがあれば、1万〜10万くらいで売れた。死刑囚の絵などは時に100万を超える程にもなるが、そんな物は日本では、大体犯罪心理学者や研究家が資料にしているので、市場に出て来る事は殆どない。出てくる場合は死刑囚の親族からの場合が多い。 世界的に名の知れた有名絵画に比べたら雀の涙程の額だが、死刑囚の絵以外はその辺のどこにでもある物である場合が多いので、割と良いこ小遣い稼ぎにはなった。高い絵などは購入しても中々売れないし、仕入れにも金が掛かる。 それに比べて呪物は低価格で多く仕入れる事が出来る。 だがそれで、調子に乗りとんでもない呪物に手を出して、銀太に助けて貰い大きな借りがあった。 その時の呪物はどんな物だったかと言うと、アクロバティックサラサラの櫛だと言われて購入した物が、本当にアクロバティックサラサラの櫛だったという元も子もない話なのだが——。その話は、また他でするとして。 「今日は士鶴君は?」 カウンターの下に頭を突っ込んだ郭が言う。 「今回は1人です」 「喧嘩したの?」 「癒やそいう訳じゃ無いですけど、依頼を受けた訳じゃなく、今回は俺個人の好奇心からなる取材なんで。まあ力が必要になったら、あいつにも連絡しますよ」 「あーあったあった。まとめて置いておいたから」と郭はまた顔を出して「はい! 全部あげるよ! 無料で良いよ」とカウンターに沢山の紙束を置いた。 「全部って? でも、これは——」 「そういう事。全部偽物だよ。I処刑場があったのが江戸時代末期、その地図はそれより全部新しい。大正から一番新しい物に至っては昭和の末期。つい先んだよ。しかも決定的なのは、獄の墓の文字は記されているが、場所がバラバラ。墨で書かれているけど、新しい。しかも全部機械印刷だよ?」 「確かに印刷物ですね」 「偽物作りにしてもめちゃくちゃ。江戸時代にそんなプリント技術があるかよ。確かに金属活字印刷術が、江戸時前には一回入って来てるが、幕府のキリシタン禁制令の時に禁止されて、江戸時代は木版印刷だ。にしったって、それは近代に機械による印刷で作られたものだ」 「これ最近。まとまって入ったんですか?」 「うん。先月仕入れに行ったら、まとめてタダで付けてくれたわ。理由は今言った通りだ。売れなくて回り回って、集まって来たんだろうな。実は噂が広まってから結構出回ったらしくて、数枚ならまだしも、あんまり多過ぎるんでこっち関係扱ってる奴らが見つかる度に駆除してたらしい」 「駆除?」 「一応、俺達みたいなもんは、専門の鑑定士みたいなのも居ないから、信頼関係だけで成り立ってるからな。完全に偽もんだよ。出回ってる地図は一番古くても、大正時代だ。獄の墓がI処刑場に関係するなら、江戸時代末期だろう」 「でも、別にその場所を知ってれば、処刑場が無くなった後に記したのかも?」 「にしても、墨が新しい。多く見積もっても此処十数年程度だろう。場所が語り継がれてれば書けるが、100年以上前だぞ? タイムリープでもしないと無理。もしくは江戸時代から転生して来たか。まあ確かに、昔に出来た物でもその当時にも在ったなら、地図に残るかのうせいはあるけど、墨で手書きで書き足すなんて、宝の地図じゃないんだからな」 「宝の地図かぁ——? まあでも、これで1つ謎が解けた」 「なぞ?」 「なんで、獄の墓の場所の書かれた古地図が見つからないかって事さ。有っても呪物屋が潰しちゃってるからね」 「そうだとしても、さっき言ったように江戸時代の物も無いんだぜ?」 「そっか、じゃあ本当に無いのかな? 分からん。これ取り合えず全部借りていっても良いですか?」 「やるよ。持って帰ってこなくて良いよ。それゴミだもん。全然売れないし。偽物だけどって言って、それでも欲しい奴が居たら、地図の古さで数百円から千円くらいで売ればいいかと思ったけど、他の呪物屋の手前売れねえからな。どの道、最近は呪物市場がちゃんと出来てるから、怪談師もなんでもそんなの面白がって買ってくれないし。奴らもネットワーク作って今はちゃんと、本物か調べるよ。呪物と言っても触りが無くても問題ないのに、偽物はダメってなかなか微妙だよな?」 「まあ、呪いに使うんじゃ無くて資料的な価値なんでしょ? 俺は呪物には興味ないけど」 「でも本当に獄の墓ってのがあるなら、悪戯でこういうの作ってるとバチが当たるよな? そういう意味では、これも呪物だな。ははは」 「——?」 「どうして?」 「呪いじゃなくて、バチか?」 「なんか引っ掛かったか? 似たようなもんだろ?」 「まあ確かに、似てると言えば似てるかな? いや、違う?」
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