みぎわの島

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 きょう、母ちゃんが帰ってくる。  あんまり待ちどおしいから、おれは昨日の夜よく寝られなかった。寝たら寝たで寝坊して、おばあにしかられて起きた。 「これ、いつまで転がっとる。大事な日だがね。健太は海のお客に怠けもん見せたいか」 「見せん!」 「ほい、布団あげて土間清め」 「したら浜いってええ? なあ、おれ先に待ってたい」  おれが打ちあがった魚みたいにはねてまとわりつくと、薄暗い影の中にあるおばあの顔がやさしくなった。 「はいはい、むかえにおいき。この子はしかたなかねえ」  草履つっかけて家飛びだして、やぶの小道をつっきって、白い浜まで一直線だ。ついたときにはもう波がずいぶん元気だった。海もわくわくしてんだな。青くてきらきらして、砂の上に座るおれの目まで青くなりそうだ。これがみぎわの日の色だ。  みぎわの日は、いつもピカピカに晴れる。きょうもそうだ。おじいは、 「お日さんが照ると潮が濃くなるで」 ってうれしそうにいう。むかし、おじいは毎日漁に出てた。今もしょっちゅう海の話をする。  おれはまだこどもで舟に乗るなっていわれて、潮のごきげんを読むのはへたくそだ。浜で遊んでたら、ザッと走ってきた黒い雲が雨をふらせて、びしょぬれにされたこともある。あわてて村に戻ったときにはすっかり晴れあがってたから、みんなに笑われた。  ちがう、母ちゃんだけは笑わなかったんだ。やぶれた網をなおす手をとめて、布きれで頭をふいてくれた。 「海の奥がずんと暗んだら、雨のしるし。気をつけんさいよ」 「次はもっとはやく帰る」 「冷えたろ。火をおこすかね」  母ちゃんが囲炉裏をかきまわそうとしたから、おれは「いい、お日さんで乾かす」っていって外にでた。こんなことで薪をつかっちゃもったいない。でも、母ちゃんがそうしようとしてくれたから、胸がぽかぽかした。  あのころにくらべると、島は雨が少なくなった。たまには海を読んでやろうって思って、水と空がくっつくところとにらめっこするけど、母ちゃんがいったみいにずうんと暗くなったりしない。この前のみぎわの日からずっとそうだ。きょう、「ちゃんと雨避けた」っていいたかったのにな。  あっ。今、波がわれた。  おれはひざをかかえてた手を砂の上についた。波うちぎわにはじける白い泡のむこう、豆つぶみたいだった影が大きくなる。影が片方の手をあげた。お日さんよりあったかい声が波にのってくる。 「健太」  心臓がどくってした。にぎった砂が熱くて、おれはさけびたくなる。  母ちゃんだ。  おれの母ちゃん、帰ってきた!
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