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§2 恋愛未満
汐梨と奏汰はクラスの中ではお互いに知らん顔をし、二人が付き合ってる事に誰も気付かなかった。弓道部も剣道部も平日は遅くまで練習があり、土日も練習試合や遠征で忙しく、二人で会う機会はほとんどなかった。たまに部活が終わった後で一緒に帰る事はあったが、デートらしき事がないまま2ヵ月が経っていた。
12月になって試験週間に入って部活も活動停止になり、その日曜日に久し振りに二人で会う事になった。その日のデートは映画を観る事になり、汐梨はいつになくおしゃれして出掛けた。
「今日は気合が入ってるな!いつもは制服かジャージ姿しか見てないから、ワンピースがすごく可愛い!
「奏汰君はそういう事を、照れずに言えるんだね。私の方が、空恥ずかしいよ!」と汐梨は照れ隠しにいっぱいいっぱいで、奏汰の顔を真面に見られなかった。
二人が選んだのは今評判の恋愛映画で、キスやベッドシーンになると汐梨は目を反らしていた。というのも、横にいる奏汰がどういう顔をしているのかが気になり、そっと顔を向けると目と目が合ってしまった。すると、奏汰がすかさず手を握ってきて、汐梨は映画の内容どころではなかった。
映画館を出てファミレスで食事をしながら、奏汰が映画の話をしてきても汐梨は上の空だった。
「女の子って、キスにあこがれたり、セックスをしたいと思ったりするのかな?」と訊かれ、汐梨は身体が固まった。映画の内容の流れからの質問だとは思わず、自分自身について訊かれているのだと思い戸惑った。
「どうして、そんなエッチな事を訊くの?答えられる訳が、ないじゃない!会ってすぐに気合が入ってるだとか可愛いだとか言って、セクハラ発言だよ!」と汐梨はムッとして抗議した。奏汰は思わぬ怒りに触れ、
「そんなに怒ること?映画でそういうシーンがあったから、率直な疑問なんだけどな」とシュンとしていた。
気まずい雰囲気のまま店を出たが、二人ともこのまま別れるにはばつが悪かった。
「さっきの話だけど、わたしはしたいとは思わない。それは奏汰君とという意味じゃなくて、誰ともしたいと思わない。ほんとに好きになったら、そう思うかもしれないけど、今は思わない」と汐梨が口火を切った。
「うん、変な事を訊いて、ごめん!俺も別にしたいから言った訳じゃなくて、一般論として訊いてみただけだから、誤解しないでね」と奏汰は心から謝罪した。
正月を迎え、二人そろって初詣に出掛けたのが3回目のデートだった。混雑した参道で手をつないで、
「奏汰君は、何をお願いしたの?」と汐梨が訊ねた。奏汰は少し考えてから、
「汐梨ともっと仲良くできますようにって。汐梨は何を?」と歯の浮くような科白を口にした。
「内緒!それにしても相変わらず、女の子を喜ばすような事を恥ずかし気もなく言うんだね」
「えー、喜んでくれたの?良かった!また怒られるんじゃないかと冷や冷やしてた」
「そうだね、怒りたいけど、段々奏汰君のペースにはまってきたみたい」と汐梨は照れ笑いをした。
「話変わるけど、2日に剣道部の初稽古があってさ、その時に弓道部を見に行ったんだ!」
「えー?初射会を見てたの?知らなかったな、声を掛けてくれれば良かったのに」
「まさか、話し掛ける雰囲気じゃなかったよ!その時の汐梨の道着姿に、ほれ直したよ!背中をピンと伸ばして胸張って、ああいう時は胸に晒かなんかを巻いてるの?それともノー下着?」と他愛のなく話を続ける奏汰の尻に、汐梨は立ち止まって膝蹴りを喰らわした。
「もう、馬鹿な話をしないで!お姉さんに聞けば良いでしょ!でも、剣道部の女子に聞いたら駄目だよ!」
「姉貴は胸が小さいから、そんなに困らないと思うけど、弦が当たったりしないかと心配で」
「もう、何を見てたのよ!男子って、そんな事ばかり考えているんだね。仕方なく教えて上げるけど、弓道は胸当てするし、和装用のブラを着けてるの」と小声で告げた。
二人はしばらく歩いてからカフェに入り、冷えた身体に温かい飲み物を注文して座った。
「奏汰君って、助平な親父みたいだね!あんなに上品で素敵なお姉さんがいるのに、何でなの?」
「姉貴が上品か?俺のこの性分は、姉貴のせいなんだけどな。まあいいや、俺ってそんなに変かな?」
「正直と言えば言えなくはないけど、男の子同士でするような話を、平気で女の子にするんだよね」
「誰でもって訳じゃないよ!汐梨だから、包み隠さずに言えるんだよな」と奏汰は自身にうなずいていた。
「よく分かんないけど、まあいいか。ところで、奏汰君はキスとかした事があるの?」と汐梨は唐突な質問を仕掛けた。それは、奏多と付き合っている内に、汐梨の恥じらう気持ちが希薄になっていた証しだった。。
「あれ、汐梨の逆襲か?俺に関心を持った証拠だな。お答えします!ないです!」とおどけて見せた。
「この間の映画の時にも話したけど、わたしは他の女子に比べてそっち関係には疎いんだよね」
「そっち関係とは、エッチ関係ですか?疎いとは、興味がないという事ですか?」
「真剣に悩んでるんだから、ふざけないで!仲の良い友だちは経験したみたいだし、女子が集まるとそういう話で盛り上がるけど、わたしはその場に居たたまれないんだよ。奏多君は、どう?」
「どうと言われても何だけど、思春期真っ盛りの男子にとっての関心は、女の子の身体であったり、キスやセックスだったり、頭の中はエッチな事で満ちあふれてる。ただ、実行力という面では経験不足で、大概の男子どもは想像と妄想の世界に遊んでるんだよな。だから、俺も例外ではないってこと」と言い終わって、自分の弁に納得して飲み物を口にした。汐梨は言い負かされた気分で、
「わたしたちは付き合ってる内に、いつかそういう事をするのかな」と独り言のようにつぶやいていた。
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