§3 想像

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§3 想像

 バレンタインの日は土曜日で、汐梨は午前の部活が終わって奏汰を待っていた。 「奏汰君、誰かからチョコレートもらった?」と声を掛けると、 「ああ、もらったよ!後輩の女子からだけど、三つほど。一緒に食べる?」と受け流された。 「そんなもの、食べる訳ないでしょ!じゃあ、わたしからはいらないのね」と訊きただすと、奏汰は素直に謝ってチョコレートを受け取った。その日は小春日和の暖かい陽が射し、二人は公園のベンチに並んで腰を掛けた。自分が作ってきたお握りを食べながら、汐梨は二人でこうしている事に心が弾んでいた。 「チョコレート、ありがとう!待っててくれるとは思わなくて、すごくうれしかった!お礼に、何が良い?キスでもしようか?」と奏汰は、冗談半分に問い掛けた。汐梨は少しムッとして、 「キスでも?でもって何よ、ばか!奏汰とは、一生キスしないからね!」と()ねて見せた。 「もっと怒って殴られるかと思ってたのに、そうでもないんだね!でも、冗談だから安心して」と言われ、奏汰にならキスされても良い、キスしてみたいという気持ちが、心のどこかにある事に気付かされた。 「何で、好きになるとキスしたりエッチしたりするんだろ。しなくても心が通じ合っていれば、それで幸せだと思うんだけどな。そういう事は生殖のための行為だと保健の授業で教わったし、結婚してからでも遅くはないんじゃないかな。奏多君は、どう思うの?」と真面目な顔をして訊く汐梨に、 「好きな人の身体に触れたい、キスしたいとか一つになりたいとか思うのは、自然な事じゃないかな。性欲というと大げさだけど、本能みたいなものだと思う。昔は純潔がどうのこうのと言って、婚前交渉がいけない事のように言われていたけど、今は男も女も自由で良いんじゃないかな」と奏汰は真面目に答えた。 「わたしね、正直に言うけど、奏汰君とキスする所を想像したことがあるんだ」 「えー、どうしたの?汐梨、今日は何か変だよ」と口を挟む奏汰を制し、汐梨は自分の考えを伝えた。 「でもね、一度そういう事をしたら、もっともっととなって、歯止めが効かなくなるのが怖いの!まだ高1で16歳だし、もう少し子どもの自分でいても良いかなって」  汐梨の言い分に奏汰も納得し、その日はお互いの心の中に踏み込む事ができた。  久し振りに花恋と会った汐梨は、奏汰との事を打ち明けた。 「大空なの?あいつ変人で通ってるけど、大丈夫?何はともあれ、汐梨が男女交際をするなんてめでたい事だわ!で、どこまで行ったの?キス、それとも」と花恋は嬉しそうだった。 「まだ付き合って4ヵ月だよ。それに、お互い部活が忙しくて、あんまりデートできないんだ」 「まあ、いろいろと事情はあるだろうけど、汐梨は大空の事が好きなの?」 「うん、最初はセクハラ野郎だと思ってたんだけど、段々好きになってる。でも、キスとか何とかはまだしたいとは思わないし、奏汰君もそれを分かってくれた」と昨日の公園での経緯を話した。 「大空は、やっぱり変わってるな。でも、男は豹変(ひょうへん)するから、この先の事は分からないよ」 「それならそれで良いかも!向うから強引にしてくれたら、多分受け入れると思う」と言いながら、花恋の事が気になっていた。五十嵐先輩との事、ラグビー部の事を問い(ただ)した。 「先輩には裏切られていた事が分かって、ラグビー部も何とか辞められそう。同じクラスでラグビー部の氷室(ひむろ)雷太(らいた)が、2年の女子マネの淫行を監督に告げ口して、わたしがいじめられてる事も伝えてくれた」 「やっぱり、噂は本当だったんだね。花恋は何かされてたの?」と汐梨は事情を知りたがった。 「うん、詳しくは言えないけど、もう済んだ事だから。それより氷室に助けられて、感謝してるんだ。あいつ、真っ直ぐで付き合い難いけど、良いとこあるんだよ」と花恋は久し振りの笑顔だった。
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