§4 裏切り

1/1
前へ
/43ページ
次へ

§4 裏切り

 薄暗闇の中でドアにもたれ立っていたのは、腕組みをした海里だった。 「もう終わったの?」と声を掛けられ、二人は言葉を失っていた。 「その様子だと、駄目だったみたいね。奏多に翻弄(ほんろう)されて、雨宮さんが可哀そう!」 「えっ、み、みさと先輩?な、なんで?」と汐梨は胸元を抑えながら固まっていた。 「他人の部屋に、勝手に入るな!今日は帰って来ないって、言ってただろ」と奏汰は興奮していた。 「奏汰が心配だから、帰って来たの!雨宮さん、ごめんね!こいつね、口ばっかりでしょ」 「うるさい、余計な事を言うな!出て行けよ!」と奏汰は起き上がり、裸のままドアの方に向かった。二人がやりやってるのを遠目で見ながら、がく然としている所へ奏多が戻って来て、 「邪魔が入って、ごめんね!海里と話してくるから、一人で寝ていて」と汐梨を置いて出て行った。汐梨は聞きたい事が山ほどあるのに、袖にされたような感じで切なかった。一人取り残された汐梨は、朝までまんじりともできなかった。奏多に導かれた身体の火照(ほて)りは治まっていたが、心の(もや)は晴れなかった。  夜明けを待たずにベッドを抜け出した汐梨は、バスルームに行きシャワーを浴びた。海里の乱入で幸せな時間は(またた)く間に奪われ、さっきまで裸で抱き合っていた事が嘘のように思えた。それでも、乳首を吸われた時の痛みと、首筋と胸の辺りに赤いあざのような痕跡(こんせき)が残っていて余計に虚しかった。  汐梨がバスルームから出て来ると、リビングで奏汰が待っていた。 「海里先輩は、どうしたの?わたしを放っといて、一晩中何を話していたの?先輩は、わたしたちの事をどこまで知っているの?今日、エッチするって事も話したの?」と汐梨は思いの丈を吐き出していた。 「うん、海里はまだ寝てる。汐梨を傷付けてしまって、本当にごめん!」と奏汰は謝り、二人の関係について当たり障りのない範囲で説明した。また、汐梨が初めての相手ではない事、不純な動機から恋を仕掛けた事、下心を持って汐梨を翻弄した事などを告白した。  そこまで聞いた汐梨は、奏汰に夢中になっていった自分が情けなく腹立たしかった。 「何で今、そんな事を聞かせるの?わたしが好きだったんじゃないの?」と泣きながら問い質した。 「最初はそういう(よこしま)な考えだったんだけど、どんどん汐梨を好きになってる自分がいて、今話さないともっと汐梨を傷付けてしまうと思ったから」と弁解がましく語る奏汰に、汐梨はあきれていた。怒りを通り越して、憎悪がすさまじい勢いで心を占めて行った。 「それって、自分勝手だよね!自分の苦悩を人に押し付けて、自己満足なんでしょ!何でもべらべらとしゃべって、わたしはあんたの性欲の実験台か!姉弟そろって最悪、最低だね」と啖呵(たんか)を切って、汐梨は家を飛び出していた。そのまま家に帰る気にはなれず、一人街をさまよい続けた。  楽しく過ごすはずだった夏休みを、汐梨は蝉の抜け殻のような虚しい日々を送った。1学期の成績は思っていた通りに振るわず、部活の練習中には集中力と注意力が散漫になっていて、弓を引いた(つる)(はじ)かれて右の人差し指と中指を骨折した。ほぼ毎日の練習と合宿は欠席し、家から一歩も外に出ずに過ごした。花恋から遊びの誘いが何度かあったが、適当な理由を着けて断った。母親は元気のない汐梨を見て、けがのせいばかりではないと感付いていた。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加