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§5 失恋
2学期を迎え、汐梨は失恋の痛手から立ち直れないまま登校した。奏汰とは顔を合わせるのも嫌で、同じクラスでない事が幸いした。見るからにやせた汐梨を見て、花恋が心配して話し掛けて来た。
「汐梨、元気ないみたいだね。夏休み、誘っても出て来ないし、何かあったの?」
「うん、ごめん!花恋には話したい事がいっぱいあって、放課後に相談にのってくれる?」
汐梨は誘いを断った事を詫び、奏汰との一連の出来事を話そうと決心した。
放課後のファミレスで、奏汰と海里の背徳を匂わせる関係、初体験が未遂に終わった事などを話した。
「そうか、大変だったね!すぐに話してくれれば良かったのに。好きな相手に裏切られるのは、つらくて悲しいよね。しかも、そこまでしてロストバージン出来なかったなんて、最悪だね!」と花恋は同情しながら慰め、同時に自分のつらい過去を思い出していた。
「もう、男も恋も幻滅した。ずっと処女のままで良いや!」と汐梨は投げやりだった。花恋もそれに同調し、
「私も、しばらくは誰とも付き合う気はないよ。お一人様同士、これからもよろしくね」と応じた。
失恋の傷も癒えた高校2年の秋、汐梨たちは北海道へ修学旅行に出掛けた。もし彼氏がいたならどうだろう、と頭をかすめたが、汐梨は花恋と同じ班で行動を共にした。夜には男子がこっそりと部屋に来て皆で戯れる事はあったが、特別な感情を抱く相手もなく気楽に過ごした。
札幌、小樽、函館を巡った最終日、お土産に夢中になっていた汐梨は皆とはぐれてしまい、集合時間が迫る中でバスの場所が分からなくなってしまった。冷静さを失っておろおろしている所へ、同じクラスの氷室雷太に声を掛けられた。彼とはこれまで話した事はなかったが、確かラグビー部で花恋が事件に巻き込まれていた時の救世主だったと思い出した。汐梨は藁をもつかむ思いで、
「ああ、氷室君だよね!助かった!私、皆とはぐれて時間もないし、集合場所も分かんなくて」としどろもどろになりながら訴え、今にも泣き出しそうだった。
「雨宮、大丈夫だよ!まだ時間はあるし、一緒に行こう!」と氷室はやさしかった。汐梨は、かつて小学校の時に同じような場面があった事を思い出し、氷室に初恋の思い出を重ねていた。しかし、事実は違っていて、氷室が汐梨をつけ回していて、偶然を装って声を掛けたのであった。また、夜に汐梨たちの部屋に忍んできた男子の一人でもあり、氷室は汐梨にずっと恋心を抱いていたというのが実状だった。何にも知らない汐梨は、氷室に救われた思いとそのやさしさに心を揺さぶられていた。
帰りの飛行機の中で、汐梨の隣に座った花恋が探りを入れてきた。
「昨日、氷室と一緒にバスに戻って来た理由は聞いたけど、その時にあいつ何か言ってなかった?」
「ううん、別に何とも言ってなかったけど。氷室君って口数は少ないけど、やさしさが伝わってきたよ」
「そうなんだよね。図体がでかい分、頼りがいもあるよね。実はさ、汐梨と付き合いたいんだって!」と間接的に告白された汐梨は、あっけに取られた。
「どうして私なの?どうして自分で言わないで、花恋に頼んだの?」
「それがさ、氷室は意外とシャイというか気が小さいというか、言い出せなかったみたい」
学校に着いて解散になってから、花恋は汐梨に氷室を引き合わせた。
「じゃあ、私はここまで。あとは二人で話し合って」と花恋は帰ってしまった。
「あの、おれ、雨宮さんと…」と身体に似合わない小声で告白する氷室に、汐梨は親しみを感じていたが、汐梨の心にはまだ奏汰の影がくすぶっていた。そして、飛行機の中でずっと悩んだ末の答えを告げた。
「うん、いいよ!始めは友だちとして、付き合うならば」
汐梨と雷太の交際は、こうして始まった。
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