§6 恋始め

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§6 恋始め

 二人が付き合ってるという噂は、たちまちクラス中に知れ渡った。美女と野獣だとか、たで食う虫も好き好きだとか、汐梨に好意を寄せていた男子はがっかりし、どちらかというと醜男(ぶおとこ)で部活しか能のない雷太とは不釣り合いなカップルだと(さげす)まれた。そんな中で、花恋の後押しが汐梨の支えだった。 「周りの野次を気にする事ないよ!雷太は顔に似合わず良い奴でしょ。男は顔じゃないよ」 「そうだね!私は、あまり顔は気にしない方だから。ただ、一緒にいても、あんまり会話がはずまなくて、私が一人でしゃべってるような気がする」と汐梨は雷太への不満を述べた。 「それも男らしいと、良い方に考えたら?あいつ、自分の事よりも他人に気を遣うからね。それと、人の嫌がる事は絶対しないから、汐梨が主導権を握って仕掛けて行けばいいんだよ」と花恋はアドバイスをした。 「雷太のことをよく理解してるんだね!もしかして、花恋が好きなんじゃないの?」 「違うよ!私は面食いだから、タイプじゃないって言ったでしょ。部活で悩んでいる時にいろいろと相談に乗ってもらったから、それで良い奴なんだなと思った訳よ」と苦しい言い訳をして、花恋はその場を納めた。  汐梨は弓道部、雷太はラグビー部の活動に忙しく、二人だけでデートをする暇もなかった。同じクラスだったのが救いで、食堂でお昼を一緒に食べたり、部活後に待ち合わせて会ったりしたが、花恋の言った通り汐梨が主導権を握っていた。雷太はライタン、汐梨はシオリンという呼び方も汐梨が決めた。 「ライタンさ、自分の事をもっと話してよ!私ばっかり話して、ライタンの事をもっと知りたいな」 「そうなの?おれは、シオリンが話してくれるのが楽しくて、俺の話はつまらないよ」 「そんな事ないよ!それから、自分は何をしたいとか、どうしてほしいとか言ってほしいな」と汐梨はねだるような振りを仕向けたが、雷太は相変わらず無口だった。  ある日の昼休み、汐梨は初めてお弁当を二人分作ってきて、雷太と中庭のベンチで食べていた。 「お握り、大きい方が良いかと思って作ったんだけど、足りるかな」 「うん、十分足りてる!田舎で母親が作ってくれたのと同じ大きさだ。懐かしいな!」と感慨深げに食べる雷太の姿を見て、汐梨は母性本能をくすぐられた。 「ライタンは、わたしの事をいつから好きだったの?」と汐梨が意地の悪い質問を唐突に投げ掛けると、雷太は口からご飯粒を吹き出して平静さを失っていた。 「わたしの事、好きなんでしょ!一度も言われた事がないけど、気になるんだよな」 「えーと、それは高2で同じクラスになった時からで、それからずっと…」 「ずっと何?その時に、告白しようと思わなかったの?」と汐梨は攻め続けた。 「その時に花恋に相談したら、シオリンには付き合ってる男子がいるって言われて」と雷太が渋々答えると、汐梨は墓穴を掘ったと思い、その話を早々に打ち切った。  また、ある日の放課後、部活が終わったグランドの片隅で、二人で話をしていた。 「ライタンは、春休みはどうするの?長野の実家に帰るの?」と汐梨が訊くと、 「うん、部活が休みになったら帰省するつもり」と短い言葉で返した。雷太は相変わらず無口だった。 「そうか、何か寂しいな!もしかして、長野に待っている女の子とかいるの?」 「そんな子がいる訳ないよ!ただ、帰って来いと言われてるから」と雷太は珍しく感情を露わにしていた。 「ごめん、変な事言って。長野に帰る前に一日だけデートしない?」と汐梨が誘うと、雷太は喜びを隠し切れずに二つ返事で承諾していた。汐梨の雷太への好意は、既に男女の好きに変わりつつあった。
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