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§1性衝動
雷太は長野県の中学から来ており、学校がラグビー部のために借り上げたアパートの一室に住んでいた。六畳一間の部屋には物置きと化した勉強机と小さな座卓、蒲団は敷きっ放しで衣類が脱ぎ散らされていた。
「うわー、男クサ!本当に何にもないね。食事はどうしてるの?」
「学校の食堂で三食用意してくれてるから、ここではお湯を沸かしてカップ麺を食べるぐらい」
「そうなんだ、今度わたしがお料理してあげるよ!」
男の部屋に入るのは初めてではなかったが、あえてテンションを上げて緊張を解していた。部屋は勉強をする環境になくて片付けをしたが、ごみ箱に丸めたティッシュペーパーが山になっていて驚いた。
「ライタン、風邪ひいてるの?ティッシュがいっぱいだよ」
「ああそれ、触らない方がいいよ。そのままにしておいて!」と焦ってごみ箱を隠していた。
教科書を開いていざ勉強を始めたが、雷太は思っていた以上に勉強ができなくてあきれてしまった。
「ああ、疲れた。ちょっと休憩しよう!」と言ってはみたが、何もする事がなく落ち着かなかった。
「この部屋、テレビもないし、いつも帰って来て何してるの?」と訊いてみると、
「部活が終わって、食堂で飯食って、風呂入って、寝るだけだから」と何の屈託もなく答えていた。
「勉強は?それで進級できたのは、部活優待ってやつだね。で、この部屋には誰か来たりするの?」
「ああ、部の連中が遊びに来るけど、勉強はあまりしないな」
「女の子は、来る事はないの?例えば、女子マネとか」とわたしが核心を突くと、
「女子マネは、うーん、来た事あるよ。掃除にね」とどこか動揺していて怪しかった。実はわたしは花恋から、雷太が問題の女子マネと関係して童貞を捨てたという話を聞いていた。
「そう!どこのお掃除なのかな?話は変わるけど、ライタンは女の子とキスしたことあるの?」
「えー?突然どうしたの?今日のシオリン、少し変だよ。えーと、したことないよ」
わたしはその日、確かに変だった。部屋の男臭さが媚薬のように作用し、性衝動に駆られていた。
「そうか!じゃあ、わたしとしたら、ファーストキスになるんだね」と念を押して、わたしは雷太の顔を見上げながら目をつぶってキスを待った。少し間が空いた後、雷太の分厚い唇が押し付けられたのを感じて目を開けると、雷太の目を閉じた顔が目の前に迫っていた。キスは中々終わらず、わたしは息ができなくて苦しさの余りに顔を横に向けて唇から逃れた。口全体をふさぐようなキスは情熱的と言えば言えるが、かつて経験した奏汰との甘いキスとは似ても似つかないものだった。雷太は、まだしたいような顔をしていたが、わたしはもう充分だった。その日は、何となく気まずい雰囲気になり、部屋をあとにした。
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