§2 火遊び

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§2 火遊び

 中3になった汐梨はおそらくCカップはあろう胸の形は良く、ぽっちゃりとした女子らしい体型に成長していた。セミロングの黒髪は校則通りに束ねてはいたが、黒目の愛らしい女の子で、当然男子からは視姦の対象になって冷やかされる事もあった。その一方で先輩や同級生から告白される事が何回かあったが、誰とも付き合う気にはならなく断り続けた。  そんな汐梨が中学時代に一度だけ好きになり掛けたのが、教育実習に来た雲見(くもみ)光次(こうじ)という大学生だった。雲見は特別に顔が良いとかスタイルが良いとかでもなく、どちらかというと女性にもてないタイプの男だった。テニス部の担当となった雲見は、すぐに汐梨に目を付けて接近した。練習中には背後から寄り添って顔を近付けたり身体に触れたり、どんどんエスカレートしていった。恋愛経験のない汐梨は、雲見の行為が性的なものだとは分からず、優しくて良い先生だと勘違いして好意を抱いていた。 「雲見先生だけど、教え方が上手いんだよね。身体で教えてくれて、やさしいんだよ」と何の屈託もなく話す汐梨に、花恋は顔色を変えて諭した。 「そう思ってるのは、シオリンだけだよ!遠くから見てたけど、身体を密着させたり、腰に触ったりして、大人の社会ではセクハラって言うんだよ。シオリン、雲見が好きなのかもしれないけど、女子中学生に触ったり抱き着いたりしたら犯罪だよ。気を付けた方がいいよ!」  汐梨は花恋の言う事が理解できず、同時に男子と好き放題している彼女に、そんな事を言われる筋合いはないと反感を抱いた。しかし、それは汐梨にとって、初めて危険な目に遭う前ぶれであった。  教育実習の3週間が終わりになる頃には、雲見は周りの目も気にせずに汐梨にアタックしていた。自分の股間を汐梨の尻に押し付けたり、胸にわざとらしく触れたり、(はた)からは見ていられない状況だった。他の部員たちは(ねた)みや羨望(せんぼう)を通り越して、汐梨が挑発しているものと批難に変わっていた。汐梨自身もさすがに胸に触られた時には偶然ではないと思ったし、お尻に腰を密着された時には不快感を抱いた。  それでも汐梨の雲見への気持ちは変わらず、実習が終わった時に彼の部屋へ誘われて来ていた。花恋にも誰にも相談せず、火遊びにも似たほのかな期待と不安を抱きながら部屋を訪れた。初めの内はペットボトルの紅茶を飲みながら、学校や部活の話、大学の話などをして過ごしていた。1時間ぐらい経って、 「雨宮さんは、好きな人とかいるの?」と雲見が問い掛けた。 「いませんよ!いいなって思う男子がいなくて。先生は、彼女がいるんでしょ!」 「今はいないかな。じゃあ、雨宮さんは男女交際とか恋愛経験とかはないの?」 「まだ中学生ですよ、ある訳ないじゃないですか。でも、友だちはいろいろと経験してるみたい」と汐梨は、花恋の恋愛話をかいつまんで話した。雲見は、中学生でも進んでいる子はいるものだと得心した。 「雨宮さんは、僕のことをどう思う?」と言いながら、雲見は汐梨に近付いた。 「先生のこと?どうって?」と汐梨はどう答えるべきか分かっていたが、わざとらしく()き返した。 「僕は、雨宮さんが好きになった。だめかな?」 「それは告白ですか?わたしは先生が好きだけど、年も離れているし、恋愛とかじゃないのかな」と自分でも何を言いたいのか分からず、どぎまぎしながら答えた。すると、雲見は汐梨を抱き寄せて、 「こうされたら、どんな感じ?キスした事はないんでしょ!してみようか!」と迫って来た。汐梨は心臓が破裂しそうになりながら、雲見の身体を思い切り突き放した。声を発する事もできず、荷物を手にして逃げるように部屋を飛び出した。引き留められたらどうしようと思いながら必死で走ったが、後を追い掛けて来る様子はなく九死に一生を得た思いだった。
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