勇者の慕情

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勇者の慕情

「お母さんと、しゃべらんでいいの?」 弟は、黒電話の事を家族には秘密にしておいてくれという。だから私はずっと黙っている。 でも、お母さんの顔を見ると、申し訳なく思ってしまうのだ。 「うん。しゃべらんでいい」 「なんで」 「しゃべったら、泣きそうになるからさ」 「え・・・」 「俺は勇者だから。魔王を倒すまでは、泣いたりできんよ」 そうか・・・弟は勇者なんだ。未だに実感がわかないけど、弟には勇者として積み上げてきた信用と責任があるのだろう。 「男の子だね」 「そうだよ・・・・お母さんの事、頼むな」 弟の声は、さみしさのために消えてしまいそうだった。 私は、今の弟の姿を知らない。 異世界で勇者になって、『燃える瞳のタシケント』と呼ばれている。そんなことを言われても、それは私の知っている弟じゃない。 私の中にいるのは、もっさりと寝癖をつけたまま自転車に乗って登校する、さえないけどかわいい弟なのだ。 そんな弟から、お母さんを頼むなんて言われたら、姉ちゃんのほうが泣いてしまうよ。 「剛士(たけし)、魔王を倒したら、お母さんとしゃべってあげて」 「うん。絶対しゃべる。絶対魔王を倒す」 「エリーゼちゃんと、ルマンドちゃんと、シルベーヌちゃんによろしくね」 「うん。あの子たちにもみそ味としょうゆ味を教えてあげたいよ」 「ああ・・・ほんとだね。おもてなししたいよ」
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