5人が本棚に入れています
本棚に追加
勇者の慕情
「お母さんと、しゃべらんでいいの?」
弟は、黒電話の事を家族には秘密にしておいてくれという。だから私はずっと黙っている。
でも、お母さんの顔を見ると、申し訳なく思ってしまうのだ。
「うん。しゃべらんでいい」
「なんで」
「しゃべったら、泣きそうになるからさ」
「え・・・」
「俺は勇者だから。魔王を倒すまでは、泣いたりできんよ」
そうか・・・弟は勇者なんだ。未だに実感がわかないけど、弟には勇者として積み上げてきた信用と責任があるのだろう。
「男の子だね」
「そうだよ・・・・お母さんの事、頼むな」
弟の声は、さみしさのために消えてしまいそうだった。
私は、今の弟の姿を知らない。
異世界で勇者になって、『燃える瞳のタシケント』と呼ばれている。そんなことを言われても、それは私の知っている弟じゃない。
私の中にいるのは、もっさりと寝癖をつけたまま自転車に乗って登校する、さえないけどかわいい弟なのだ。
そんな弟から、お母さんを頼むなんて言われたら、姉ちゃんのほうが泣いてしまうよ。
「剛士、魔王を倒したら、お母さんとしゃべってあげて」
「うん。絶対しゃべる。絶対魔王を倒す」
「エリーゼちゃんと、ルマンドちゃんと、シルベーヌちゃんによろしくね」
「うん。あの子たちにもみそ味としょうゆ味を教えてあげたいよ」
「ああ・・・ほんとだね。おもてなししたいよ」
最初のコメントを投稿しよう!