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最終話 きゃんせる文化でおじゃる
朝廷より三位の位を賜りし置餅表明殿はそれはそれは短歌の才に秀でたお方で、その日は公務として町の子供らに短歌の面白さを教えていたそうな。
「皆の衆、次は少しだけ速く詠むでおじゃるよ。天の原、ふりさけ見れば」
「はいっ!」
「流石でおじゃるな。そなたは真に上手なので次は一度見物して貰うでおじゃる」
表明殿は以前から朝廷にて短歌という文化の素晴らしさを広める催しを司っており、今日は京の町の子供らを集めて百人一首のかるたを遊ばせていたのじゃった。
百人一首の短歌が表明殿の年季の入った声で詠まれると子供らは我先にとかるたに手を伸ばし、かるた遊びを通じて短歌の面白さを伝えたい表明殿の目論見は奏功していたのじゃった。
「ちょいと失礼致しますぜ。お公家様、その短歌にはちと問題があるんじゃあないですかねえ?」
「何でおじゃるか、お主のような怪しき人物を招いた覚えはないでおじゃる」
「おっとこれは失敬。あたしゃ町の瓦版、羽生新報の者でさあ。お公家様が子供らのためにならない短歌を詠んでいるとお聞きして、ここまで取材に来た訳でさあ」
現れた男は俗世の問題について一面的かつ扇情的な書き方をすることで知られる瓦版「羽生新報」の書き手で、今日は表明殿の詠んでいる百人一首の短歌を瓦版で悪し様に取り上げようとしていたのじゃった。
「お主は子供らのためがどうのと申すが、言わずと知れた百人一首にそのような悪しき短歌があるはずがないでおじゃる。では続けるでおじゃるよ。嘆けとて、月やはものを」
「ピピー!」
表明殿が歌を詠み始めた瞬間、男は首元にぶら下げていた小さな笛をいきなり吹いたそうな。
「うるさいでおじゃる、邪魔をするならつまみ出すでおじゃるよ!」
「先ほどのは西行法師の短歌ですが、あのお方は出家する時に四歳の子供を縁側から蹴落としたというじゃありませんか。そのような人物の短歌を詠むのはよくありませんぜ」
「何を言っているでおじゃる! はっ、まさかお主は例のきゃんせる文化を……」
江戸や京の都では少し前から「きゃんせる文化」という風習が広まっており、これは琉球貿易で名を馳せ喜屋武印の昆布を競って一財を築いた薩摩藩のとある武士が元服前に下女をいじめていたことが発覚して藩を追放された事件に由来していたそうな。
中でも羽生日報のような下賤な瓦版は大昔からある書物や短歌までもをきゃんせる文化の対象として非難しており、ここにいる男もそれを狙って表明殿に文句をつけていたのじゃった。
「それでは別の短歌にするでおじゃる。人もをし、人も恨めし」
「権力争いに負けて流罪になった後鳥羽院の短歌を子供らに教えるんですかい?」
「うーむ、では……人はいさ、心も知らず」
「紀貫之は女子のふりをして日記を書きましたが、あれは色両刀転の人権を侵害して」
「うるせー!! さっきから俺たちのかるたを邪魔するんじゃねえ!!」
「そうだそうだ、てめえは安い日銭で遊郭に行って貧困調査でもしてやがれ!!」
「うわっお前ら何をするんだ! ひぃー奉行所に訴えてやるーー」
表明殿に難癖をつけ続けた男はその場にいた子供らに叩きのめされ、表明殿は再び公務に戻ることができたそうな。
古の 文化を裁き 悦に入り
奢る者ほど 賤しきはなし
(終わりでおじゃる)
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