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「――らーら?」
ふと、目が覚めた。まぶしい光が飛び込んできて、ぱちぱちと何度かまばたきを繰り返す。
だんだん目が慣れてきて、ここが家の中のリビングだと気付いた。
ふと物音に目を向けると、おかあさんがじっとぼくの顔を覗き込んでいた。
「らーら、大丈夫?」
心配そうに手を伸ばして、そっと頭から耳、首、背中にかけて撫でてくれる。瞬間、ああ、と口から声が漏れた。
「ん? どうしたの?」
おかあさん、とぼくは見上げた。気付いてしまったんだ、ぼくは。
彼女が、ぼくに触れていた時の感覚が。聞こえていた声が。抱きかかえられた時の軽すぎるぬくもりが。
何度も何度も見てきたはずの彼女の顔が。
『――もう、戻ってこないんだ』
瞬間、じわり、と目が熱くなった。ぎゅっと小さな手を握って、顔を覆う。苦しすぎて声も出ない。胸が痛い。全身が、痛みに震える。
『ぼくを置いて、いなくなっちゃったんだ。もう、もう……会えないんだっ』
何がいけなかったんだろう。なんでぼくを置いていったんだろう。どうして今まで気づけなかったんだろう。
浮かんだそれらは、ぼくの小さすぎる頭から飛び出して、声になって消える。ああ、どうして。そればかりが頭に残って離れなくなる。
「『らーら』」
ハッと耳を澄ませた。だが、おかあさんがただぼくを撫でる音しか、聞こえない。
ぼくは耳がいいはずだから、きっとまた聞こえると思った。けどそれは聞こえなかった。
『――でも確かに、聞こえたんだ』
夢が続いていたのか。それともどこかに彼女はいるのか。
ぼくにはわからない。すがたは見えないし、声ももう、聞こえない。
きっとこれからも、わかることはない。あのときの彼女の言葉も、きいろちゃんの存在も、僕がこれからどうすべきかも。
だけどきっと、待っていれば彼女が戻ってきてくれる。
そう信じて、ぼくは彼女の、おかあさんとおとうさんのそばに、居続けようと、思う。
ふと、視界の端できらっと何かが光った。すぐに目をやったけど、耳ほどに優れてない目には、わからない。
ただ窓から差し込んでいた太陽のあったかい光が、いたずらが成功したみたいに、ゆらゆらと揺らいで、雲に隠れていった。
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