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彼女を見送った日の夜、おかあさんは泣いていた。おとうさんは帰ってきておかあさんをずっとなぐさめていた。時折ぼくを抱き上げては、すまんな、と繰り返す。
『ねえ、きいろちゃんは? どこにいるの?』
何度も、何度も何度も声を出した。でもおとうさんも、おかあさんも、何も教えてくれなかった。
代わりに聞く言葉はいつも同じ。
「ごめんね、私のせいなの。許して」
ごめんね、ごめん、すまない。そればかりが耳に入ってくる。聞くたびにぼくの胸の辺りがピリピリと痛む。
どうしてそんなに悲しげなのか。彼女はいつ帰ってくるのだろうか。おとうさんとおかあさんは、肝心なことを言わないから、ぼくはただ、待つしかできない。
……きいろちゃん、いつ帰ってくるの。
ぼくを置いて、どこにいってしまったの。
さみしいよ。
――もう、帰ってこないの?
どれくらい時間が経ったのだろう。いつの間にかおとうさんもおかあさんもまた笑うようになって、頻繁におねえさんが返ってくるようになった。
そしてぼくは、よく眠るようになった。
夢の中ではいつも彼女がいる。ぼくを抱き上げて、温かい手で頭を撫でてくれる。らーら、と呼んでくれるその声は、とてもやさしくて、心地いい。
「――らーらは、らーらのままでいてね」
その言葉を最後に夢が終わる。起きたらやっぱり彼女はいない。太陽が何度も顔を出すたびに、ぼくはそうして目が覚める。
いつの日か、その朝を迎えることすらできなくなって、眠っている時間の方が長くなっていった。
「らーら? また寝てるの?」
おかあさんに言われて初めて目が覚めると、もうすっかり太陽が昇っている。そしておかあさんが出かけるころにまた、眠りにつく。
「らーら、ごはん食べないのかい?」
おとうさんの声に、目を覚ませば、今度はもう太陽が沈んでいて辺りは真っ暗な状態。食欲はないけど、食べないとおとうさんが心配するから一口だけ食べる。でもすぐに眠くなって、また眠る。いつもの彼女を夢に見る。
一体どれほどこの生活を繰り返したんだろう。
きっとそんなに経ってない。一、二か月くらいかもしれない。ただ、ぼくにとっては、永遠にも思えるほど、長い時間だった。
「――らーら」
ある朝、彼女の声が聞こえてきた。
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