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達也②
皮膚が千切れそうなくらい痛い。呼吸をしようとするたびに喉が凍り付きそうになる。一歩一歩雪道を進んでいくが足取りは重くなる一方だ。もう限界だ。辺りを見渡しても真っ白な景色が広がるばかりだ。吹雪に体が大きくよろける。船酔いしているみたいに視界が歪む。
振り返るとまだ別荘がはっきりと見えた。10年前に父が購入し、去年、この近くに新しい別荘を購入するまで毎年冬に女を連れて来ていた。本人はバレていないと思っているらしいが、僕も母もとっくに気が付いている。
辺りになにもない雪山の別荘に女を自慢の四輪駆動車で連れて来て、何をしていたかなんて考えたくもなかった。
目の前が真っ白に染まっている。これ以上進むと戻ることが出来なくなってしまう。僕は来た道を引き返し始めた。雪は膝のところにまで達している。吐き出された荒い白い息が吹雪にかき消されていく。体が酷く重たい。足首を誰かに掴まれているのかと思うくらい前に進めない。指先の感覚がなくなりそうになっている。吹雪がさらに強くなっていく。脳みそが縮んでいくような感覚と酷い眠気に襲われ、体がよろけ、雪のなかに前のめりに倒れた。起き上がろうとしても力が入らない。氷みたいに固く冷たくなった耳は少しでも触れたら血が噴き出しそうだった。
ダメかもしれない。何でこんなことになったんだろう。薄れゆく意識のなか考えてみる。脳裏に亜里沙の顔がはっきりと浮かぶ。笑ってもなく、泣いてもなく、怒っているわけでもない。だからといって無表情でもない。いつもの亜里沙の顔だった。
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