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「あなたの言う通りです。すみません、ほんとうに。やはり疲れていたのでしょうね、うまく頭が回りませんでした。だめですね」
「疲労の原因を聞いてもいいか?」
「……長旅とだけ」
大規模転移魔法の旅は一瞬でしたが、お願いです、今は誤魔化されてくださいね。
ハウストにじっと見つめられます。
その眼差しは不満そうで私の誤魔化しに気付いている。
ハウストが口を開く前に私が口を開きました。
「今夜の夜会では、あなたの友人を紹介していただけて嬉しかったです」
「他の連中もまた紹介しよう」
彼が嬉しそうに言いました。
友人とはとても良いものなのですね。思えば私に友人らしい友人はいません。
子どもの頃から生意気な性格をしていたので、嫌われることはあっても親しみを向けられることはほとんどなかったのです。
ハウスト、あなたは多くの善き友人に囲まれて今があるのですね。それも彼が魔界を愛する理由の一つなのでしょう。
「ありがとうございます。南の領地以外にもいるのですか?」
「ああ、政務で知り合った者も多いが、やはり特に気心が知れているのは先代魔王に叛逆した時、共に立ち上がってくれた戦友たちだ。フェリシアもその一人で」
「ハウスト」
ハウストの言葉を遮りました。
とても楽しそうに話しているのに心苦しいです。
でも彼女の話しはまだ聞きたくありません。愛されていると頭で分かっていても気持ちが追い付かないのです。
今は先ほどのような無様な思考をしないようにするのが精一杯、情けないけれど余裕がないのです。いつか落ち着いて聞けるようになるまで待っていてください。
「今夜は眠りましょう。疲れてしまいました」
「ブレイラ」
「なんでしょう」
「フェリシアとは何もないぞ」
「はい。分かっていますよ」
微笑とともに答えました。
大丈夫、上手く笑えたはず。だって本当に分かっています。今、彼が愛しているのは私だけです。
「ハウスト、眠りましょう。明日は橋の開通式ですよね」
私はハウストから離れてベッドに入りました。
ゼロスの隣に横になると、気配を感じたゼロスが擦り寄ってきます。
可愛いですね、小さな体を抱っこしてあげました。
ハウストはイスラの隣に横になります。
二人の子どもを挟むようにして私たちは眠ります。
「ブレイラ……」
二人の子ども越しにハウストが何か言いたげに口を開きました。
でも聞こえない振りをして目を閉じました。
ごめんなさい、あなたは何も悪くない。これは私の気持ちの問題です。
でも今夜だけは子どもみたいに拗ねることを許してください。
分かっているのです。どうしても気持ちが騒ぐのは、私が自分に自信がないからなのです。
◆◆◆◆◆◆
――――時間は少し戻る。
ブレイラが冥王ゼロスの夜泣きを理由に夜会から退席した。
その場に残されたのはハウスト、リュシアン、フェリシアである。かつて先代魔王と戦った三人が揃った姿を広間の夜会出席者たちが瞳を輝かせて見つめている。
誰も三人に話しかけようとする者はいない。英雄たちに近づくのは畏れ多く、ため息を漏らすばかりだ。
「魔王様、王妃様の退席は残念ですがせっかく懐かしい相手に会えたのです。フェリシアとごゆるりとお過ごしください。積もる話もあるでしょう」
リュシアンの提案に聞いていたフェリシアの頬がほのかに染まる。
瞳は喜色の光を帯びて、口元は柔らかく綻ぶ。それは戦場で剣を振るう戦乙女のもう一つの姿。素のままの姿だ。
元々の美しさも相俟ってそれは男の目に魅力的に映るものである。それこそ戦場では見せぬ顔をこの手で暴きたいと思わせるほどの。
ハウストとて男である。それはとても興味のあるものだった。二人きりで懐かしい昔話しをして、そのまま体を重ね、戦乙女が褥で見せる顔を堪能するのも悪くない。フェリシアは魅力的な女で抱いても悪い気はしない。
だが、それもすべてはブレイラに出会っていなければの話しだ。
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