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今日は領主の館に程近い場所にある迎賓館で滞在します。
領主の歓待を受けた後、すぐに迎賓館に戻って街へでる支度をしました。
幸いにも城の式典で挨拶を済ませていたこともあり、歓待は短時間で終わらせることができました。領主としても歓待が長くなれば先代領主バイロンの話題に飛び火しかねないことを警戒したのでしょう。
バイロンの悪行を無かったことにしたい領主の狡猾さに不快を覚えましたが、早めに解放されたことは幸いでした。
「コレット、これで大丈夫ですか?」
「はい。あとはヴェールを目元まで被っていただき顔を少し隠してください。これなら人々の目も欺けるかと」
変装用に用意してもらったのは豪商の貴婦人が着るような上品な衣装でした。飾り気はなくとも上質な生地で織られたローブです。頭からヴェールを被って素顔を隠せば身バレすることもないでしょう。
そして私の側に控えてくれるコレットとマアヤは召使いの衣装を身に纏う。こうすれば一見は商人の奥方が召使いを連れている図に見えるのです。
「イスラ様とゼロス様の支度も整いました。護衛の配置も完了しています。では暗くなる前に参りましょう」
「はい、よろしくお願いします」
こうして準備を終え、私たちはさっそく街へ繰り出しました。
「ブレイラ、あれしってるぞ! イカだ! でも、うみでみたのとちがう?」
「魚屋さんのイカですからね、干して食べられるようにしてあるんです。モルカナの海で見たのは生きているイカですから色も形も少し違ってるんです」
「ほしたから?」
「そう、干したからです」
そう答えるとイスラは興味津々に市場の鮮魚を見ています。
夕暮れの時間。
私はゼロスを抱っこし、イスラを伴って街の市場を歩いていました。その後ろに召使いに扮したコレットとマアヤが控えてくれています。
他にも、街の人々に紛れて護衛兵士が商人や農民に変装して付かず離れずの距離にいてくれる。
予定外の仕事で皆に迷惑をかけてしまいましたが、こうして出歩かせてもらえることに感謝したいです。
夕暮れの市場は多くの人で賑わい、イスラも見慣れない光景に喜んでいます。その姿に私も嬉しくなる。
「ブレイラ、あれはなんだ?」
イスラの指さした先を見ると小さな露店が出ています。そこでは嬉しそうに飴を食べている子ども達の姿がありました。
「どうやら飴を売っているようですね」
「あめ。……オレもたべたい」
美味しそうに飴を舐めている子ども達の様子にイスラも瞳を輝かせます。
叶えてあげたい可愛らしいおねだりです。
「いいですよ、一つ頂きましょう。ここで見ていてあげますから、あの子ども達のように一人で買いに行ってみますか?」
「ひとりで?!」
「はい。できますか?」
自分で言っておきながらイスラに一人で買い物をさせるのは初めてなので心配です。
でも飴売りの露店で並んでいるのは子ども達ばかり。露天商は子ども相手の商売に慣れているようなので初めての買い物には打ってつけです。
イスラは私と飴売りの露店を交互に見て、気合いを入れるように小さな拳をぎゅっと握る。
「……やってみるっ」
「いってらっしゃい。頑張ってくださいね」
頷くと、控えていたコレットがイスラに硬貨を渡してくれます。
小さな手で硬貨を握りしめてイスラは緊張しながらも飴売りの露店へ歩き出しました。
それを見守りながら私も緊張してしまう。
「……イスラは上手く飴を買えるでしょうか」
大丈夫と分かっていても心配になるものです。
遠目にハラハラしながら待っていると、少ししてイスラが興奮したような顔で駆けてきました。片手には琥珀色の飴を握っている。また一つ出来ることが増えましたね。
「ブレイラ、できたぞ!」
「おかえりなさい。一人でお買い物ができるなんてお利口ですね」
「オレはおりこうだ!」
「はい、お利口です。ゼロス、イスラが上手に買い物できたんですよ? すごいですね」
「あーあー」
抱いているゼロスにも伝えるとイスラに向かって小さな手を伸ばす。
その手と飴を交互に見たイスラはムムッと眉間に皺を寄せました。少し躊躇いながらもおずおずと飴を差し出してくれます。
「……たべたいのか?」
そう聞きながらもぐっと唇を噛みしめるイスラ。
本当は自分で食べたいのにゼロスが伸ばした小さな手を無視できないのです。
私は飴を差し出すイスラの手にそっと触れました。
「ありがとうございます。でもそれはイスラが食べなさい。ゼロスは赤ちゃんですから食べないんです」
「そうなのか?」
「はい。だから、あなたが食べなさい」
「うん!」
納得したイスラが飴を嬉しそうに食べ始めました。
その姿に目を細める。嬉しいです、譲ろうとしてくれたイスラの気持ちが。
夕陽の光を映した琥珀色の飴。蕩けるような甘さにイスラは満足そうでした。
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