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Episode2・魔界の玉座のかたわらに~外遊という名の初めての家族旅行~
『三カ月後の嘉日、この日を王妃ブレイラの正式な御披露目とする』
私が人間界の故郷から魔界に帰って一週間後。この告知が魔界全土、精霊界、人間界へと通達されました。
現在、私の立場は魔王ハウストの伴侶、魔界の王妃です。
しかし魔族に正式にお披露目されたわけではありません。
でもそれは仕方ないのです。環の指輪が贈られた時の状況は、とてもではないですが慶事と呼べるようなものではありませんでした。本当なら環の指輪と御披露目式典は同時に行なわれるのが慣例でしたが、あの時は三界が壊滅するか否かの混乱時だったのですから。
こうして御披露目式典が決まってからというもの私は式典準備のために多忙な日々を過ごしています。
今も数えきれないほどの衣装が用意されて一つ一つに袖を通していました。大変な苦行です……。
でも左手薬指には環の指輪。
この指輪を嵌めてもらった時のことをよく覚えています。魔界の王妃になると決めたのは私自身です。
「あ、ゼロス。それは触ってはいけません。おもちゃではないのですよ?」
私は着替えの途中でしたが慌てて側にいたゼロスを抱き上げました。
気が付くとゼロスが耳飾りを口に入れようとしていて、まったく目が離せません。しかも耳飾りにはきらりと光る大きな宝石が一つ。値段を考えるだけで眩暈がしそうで、子どもとはなんと恐ろしい。
「ぶー」
「ぶー、ではありません。そんな顔をしてもダメです」
顔を覗き込むと、小さな手でぺちぺちと顔を触ってきました。
可愛いので許してしまいそうになりますが、ダメです。おもちゃではないのです。
「すみません、これを」
「畏まりました」
ゼロスから取り上げた耳飾りを侍女に手渡しました。
ゼロスはつまらなさそうに唇を尖らせます。退屈なんですね。たしかに赤ん坊にとっては私が着替えている時間など退屈でしょう。
「コレット、少し休憩しませんか?」
「こんなに衣装を残しているのに、ですか?」
コレットが部屋の半分を占めるほど用意された衣装を見ながら言いました。
まだまだ別室にも衣装が用意されていて、私はまだ半分も攻略していないのです。
「わ、分かっています。だから少しだけ」
ゼロスを抱っこして二人でお願いします。
するとコレットは諦めたようなため息をつきました。
「…………分かりました。でも少しでお願いします。衣装選びの後は宝飾の類いも選んでもらわなければなりません。首飾り、腕輪、耳飾り、他にもいろいろございます」
「それも私が選ぶのですか?」
「お手伝いする者は用意しますが、ブレイラ様のお気に召すものをお選びください」
「そうですか……」
お気に召すもの。そう言われても宝飾品のことなど良く分かりません。ただ単純に綺麗だなと思うばかりで、身に着けるとなると緊張して肩が凝るばかりです。
私は逃げるように部屋を出ようとしましたが、ふと棚に置かれた小さなガラスケースが目に入りました。
ケースの中には首飾りがありました。純金の細い鎖、繊細な細工が施された金の縁の中央には小さな宝石が鎮座しています。不思議です、小さいのにとても煌めいて見えます。
「ブレイラ様が宝石で目を留めるなんて珍しいですね。ああ、それは魔界一だといわれた金細工師の最後の作品です。値段を付けられないほどの価値だと聞いています。魔王様とも旧知の仲だそうで、それもあって最後の作品を魔王様のもとに納められたそうです」
「そうなんですか。素晴らしい技術をお持ちの方がいるのですね」
「はい。引退した今も貴族や公爵から依頼が絶えないとか」
「それは大変そうですね。依頼してしまう気持ちも分かりますが」
ケース越しに見た首飾りはとても素敵な作品です。何も知らない素人の私でさえ目を留めてしまうほど。
「あーうー」
「ああ、すみません。待たせてしまいましたね」
抱っこしていたゼロスが気を引くように手を伸ばしてきました。
その手を捕まえて頬を寄せます。
今からお散歩でしたね。今日は温室の植物園に行きましょう。
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