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城の植物園は長い回廊を渡った先の南の塔に併設されています。
私はゼロスを抱っこし、コレットとマアヤ、側付きの女官や侍女たちとともに回廊を歩いていました。
回廊からは美しい庭園が望めることもあって景色を楽しみながらのんびり歩きます。
庭園の木々に鳥を見つけるとゼロスも喜んで手を伸ばしていました。
そんな中、「フェリクトール様!」反対側の回廊で士官がフェリクトールを呼び止めていました。
政務中のフェリクトールは引き連れた書記官達とともに立ち止まります。
なんとなくそれを眺めていましたが。
「王妃様の御披露目式典のことでご相談が」
「どうした」
耳に届く声。
どうやら私の御披露目式典についてフェリクトールに話しがあるようでした。
立ち聞きなどという不躾な真似はするべきではないと分かっていても、自分に関することなのでつい聞き耳を立ててしまう。
「環の指輪についてです。魔王様から王妃様には指輪を贈られましたが、人間の王妃様に環の指輪を作る力はありません。いったいどうすれば」
「ああ、その事か。まったく悩ましい問題だな」
フェリクトールがそう答えながら士官や書記官達とともに遠ざかっていきました。
でも、私の耳に残った『人間の王妃様には環の指輪を作る力はない』という言葉。
そして思い出す。以前、北の大公爵エンベルトが会話の中で話していました。環の指輪は魔王と王妃が互いに贈りあうものだと。
「……コレット」
「いかが致しましたか?」
「私では環の指輪を作れないのですか?」
「それは……」
コレットが言葉に詰まりました。
困ったような顔をする彼女に私の胸に困惑と戸惑いが広がります。
「教えてください。環の指輪とはどういったものなんでしょうか。どうして私には作れないのですか? 人間だから、ですか?」
質問を重ねた私にますますコレットは困った顔になってしまいます。
ごめんなさい。困らせているのは分かっています。
でも、どうしても知りたいのです。
コレットは迷った末に言葉を選びながら話してくれる。
「…………環の指輪とは魔王様と王妃様が互いに贈る指輪です。それはどの時代、どんな魔王様も変わらぬ掟で、歴代魔王様は必ず妃にと決めた方に贈られてきました。もちろんそれほどの指輪ですから環の指輪は普通の指輪ではありません」
「はい、私もこの指輪には何度も守られました。イスラはこの指輪からハウストの力を感じると」
「そうです。環の指輪は魔王様の魔力の一部、その力が盾となってブレイラ様を御守りしているのです」
「……知っていたつもりですが、大変な意味のある指輪なのですね」
「はい。神格の王とされる魔王様、イスラ様、ゼロス様、精霊王様の魔力は無尽蔵です。指輪に込められた力は一部とはいえ膨大。歴代魔王様の中には正妃を作らずにいた王もいたくらいです」
コレットの説明に左手の環の指輪を見つめました。
遠くにいてもハウストを近くに感じるのは、この指輪そのものがハウストの力だから。
でもだからこそ私が環の指輪を作れない理由が分かりました。
「…………私には魔力がないから、ですね」
それが環の指輪を作れない理由でした。
同じ人間でもきっと魔力があれば作れるのでしょう。魔力を持って生まれてくる人間は数多くいます。
でも、私には欠片ほどの魔力もありません。
視線が無意識に落ちていく。
今まで魔力を欲しいなんて思ったことないのに、今、欲しくて欲しくて仕方ありません。私の魔力を形にしてハウストに捧げたい。しかし私にはそれが出来ないのです。
私はハウストの子どもを授かることもできないばかりか、慣例を守って指輪を贈ることもできない。……私、なにもできませんね。
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