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「魔王様、お待ちしていました」
「予定を急に変更して悪かった。フェリクトールには別件の仕事が入ってな」
「とんでもございません。魔王様に南都へ来ていただけるとは光栄の至り。時間の許す限りごゆるりとお過ごしください」
リュシアンはそう言うと次に私を見ました。
私の側には勇者イスラ、腕の中には冥王ゼロス。二人とも子どもとはいえ神格の王、リュシアンは驚きを見せながらも私達にお辞儀します。
「勇者様、冥王様、この度は南都へようこそお越しくださいました。今回の旅路は魔王様の御子としておいでくださったと聞いています。ぜひお楽しみください」
イスラとゼロスに柔和な笑みを浮かべて言いました。
子ども好きというよりも誰に対しても物腰柔らかな方なのでしょう。
しかし私は忘れていません。初めて挨拶を受けた時に拒絶されたことを。リュシアンは私が王妃になることを快く思っていないのです。きっと今も。
「王妃様、ご機嫌麗しく」
「お会いできて嬉しく思います」
「勿体ない御言葉です」
儀礼的な挨拶を交わしました。
深々と頭を下げられていますが、それが表面的なものだと分かっています。
「それでは夜会の時間まで迎賓館でお寛ぎください。ご案内いたします」
リュシアンはそう言うと、ハウストと他愛ない雑談を楽しみながら迎賓館へ案内してくれたのでした。
その夜。
白亜の宮殿に幾千の輝きが灯り、広間からは楽団の優雅な演奏が響く。
私はワインレッドのローブ、首元には大粒のサファイアの首飾りを身に着けて夜会に出席していました。
夜会なのでイスラとゼロスは部屋で留守番です。今頃は眠っていることでしょう。できれば私も部屋に残りたかったのが本音ですが、もちろん王妃として許される訳がありません。
ハウストとともに夜会に出席し、各方面の重臣たちから挨拶を受けていました。
引っ切りなしに訪れる挨拶の合間、無意識にため息が漏れました。挨拶はほとんどが婚礼を祝うものですが、それは表面上のこと。皆、ハウストに近づくために必死なのです。
「疲れたか?」
「大丈夫、緊張しているだけです」
「ならいいが、少し夜風にでも当たりに行くか」
「でも、まだ夜会は始まったばかりではないですか。あなたに挨拶したい方も多いでしょう」
「固い事を言うな。俺が外に出たいんだ、付き合ってくれ」
ハウストはそう言うと私の背に手を添えてバルコニーへと足を向けます。
途中で何人もの魔族がハウストに話しかけたそうにこちらを見ましたが、ハウストは気付かぬ振りをして私を外に連れ出してくれました。
「風が気持ちいいですね」
外に出ると、湖面を走る風が優しく頬を撫でました。
宮殿から放たれる輝きが湖面に反射している。それは夜の湖面に宝石を散りばめたように美しい光景です。
バルコニーから二人で夜の湖を眺めました。
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