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「ああ、なんて美しい輝きっ。魔王様の魔力を具現化した唯一無二の石、これこそが本当に価値ある石というものっ! ああ磨いてみたいっ。少しでいい、少しでいいんだ、この石を私の技術でっ……」
「おいこらやめろ。なにを磨いても構わんが、この石だけは駄目だ」
ハウストが私の手をドミニクの前から下げました。
呆れた様子のハウストを前にしても、ドミニクは酷く残念そうに下げた手を目で追っています。
「本当に残念だ。魔王様に許されるなら、ぜひその指輪を加工したい」
「絶対に許さん。それは俺だけの力でブレイラに贈ったことに意味がある」
「見た目が普通の指輪ではないですか。私の手に掛かればもっとセンスの良い品にできますが?」
「……いい度胸だ」
ハウストの声が低くなって「しまった、本音がっ」とドミニクは慌てたように口を塞ぎました。
しかしそれは墓穴を掘るというもので、私は吹き出しそうになって口を手で覆う。
でもダメ。我慢できません。可笑しくて肩を震わせてしまいました。
笑ってはいけないのにクスクス笑ってしまい、ハウストが拍子抜けしたように肩を竦めます。
「……まあいい、さっきの失言は聞かなかったことにしてやろう。せいぜいブレイラに感謝しろ」
「有り難き幸せ。王妃様に心からの感謝を」
ドミニクが私に向かって深々と一礼します。
私も返礼のお辞儀をしました。
「ドミニク様の技術力の高さは作品を見れば分かります。素人の私ですら感動したのですから」
「ありがとうございます。王妃様にそう言って頂けて恐悦至極。王妃様の為に腕を揮って見せたいところですが現在研磨したい石はございません」
ドミニクは冗談めかして言いながらも、ちらりとハウストを見ました。
「……でも、魔王様があの鍾乳洞の術を解いてくだされれば別なんですがね」
「鍾乳洞?」
「はい。この領地の東北にある山岳に古い鍾乳洞があるんです。その奥には、祈り石と呼ばれる特別な石があるとかないとか。一度確かめに行きたいところですが生憎と鍾乳洞には術が掛かっているんですよ」
その術が厄介で……、ドミニクがハウストをまたちらりと見ました。
ハウストは気付きながらも興味なさげにそっぽ向きます。
「古い魔王の術だろう。出来ないこともないが面倒だ。古い術を解くのは時間がかかって仕方ない」
そんな暇はないと言わんばかりのハウストにドミニクは分厚い丸眼鏡をきらりと輝かせました。
「なるほど、今は古代のロマンを追うよりも最重要案件があるというわけですね?」
「ほう、気付いていたか」
「私をただの元金細工師と舐めないでいただきたい。技術を高めるということは魔族にとって魔力の研磨と同じです。これでも魔力は魔界の魔法部隊にも劣りませんよ」
ドミニクは恭しい口調で言って大袈裟な身振りで最敬礼しました。
なるほど、魔力の高さは只の金細工師ではないのですね。
「しかし私は金細工を生業にする者、世界の異変には興味はありません。古代ロマンを感じる石の方がよっぽど私の心を震わせる」
「祈り石、とやらのことですか?」
気になって聞いてみると、さすが金細工師です。石について熱く語ってくれます。
「はい、謎多き古代の石です。所有者の祈りを宿す石ともいわれ、誰も目にした者はおりません」
「え、見たことがないのですか?」
「非常に残念ですが伝記に記されているのみ。ですが祈り石があるといわれる鍾乳洞には古い魔王の術がかかっています。きっと本当に石があるから術が掛けられているのでしょう」
「なるほど、そういう事ですね」
たしかに説得力がありますね。納得です。
感心していると、広間の方から侍従長がハウストを呼びに来ました。
どうやらハウストに謁見を希望している方々が我慢できずに催促してきたようです。
ハウストは不愉快そうな顔になりましたが申し訳なさそうに私を見ました。
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