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「ブレイラ、一緒にいてやりたいが……」
「大丈夫ですよ。こういった席は初めてではないのですから」
「すまないな。すぐに戻る」
ハウストはそう言うと、名残り惜しさをみせながらも広間に戻っていきました。
広間には彼を待ち構えていたと思われる貴族たちがいて、戻った途端にたくさんの人に囲まれてしまいました。
「王妃様もお体を冷やしませんよう、そろそろお戻りください」
「はい」
侍従長の言葉に頷くと、離れた位置に控えていたコレットが私の側に戻りました。
ハウストと二人きりの時は声が届かない位置に離れて控えてくれているのです。
「ありがとうございます、コレット。慣れなければならない場所ですが、あなたがいると心強いです」
「いいえ、なんなりと御申しつけください」
「ではドミニク様、私も失礼いたします。とても貴重な話しをありがとうございました」
「こちらこそ王妃様とお会いできて光栄でした。またの機会に」
「はい」
私は丁寧にお辞儀し、コレットとともに広間へ戻りました。
広間に戻ると私に気付いた方々がお辞儀してくれます。かといってハウストのように話しかけられるという事はありません。皆のお辞儀は私の王妃としての地位に対して向けられたものです。
あからさまな嫌悪は向けられませんが、いまだ多くの魔族が人間の私を警戒しているのです。王妃になったとしても人間である私に個人的に話しかけたいと思わないのでしょう。これもいつもの事で慣れてしまいました。喧嘩を売られないだけマシというもの。
私は広間の中央から離れた場所にひっそりと佇みました。
私が一人でいる時に話しかけてこようとする者は少なく、こうして目立たない場所にいれば夜会は何事もなく過ぎていくでしょう。
「ブレイラ様、先ほどは楽しそうでしたね」
「なんです、突然」
目を瞬いてコレットを見ると彼女は微笑んで私を見ていました。
「ドミニク様とお話しされる魔王様とブレイラ様はとても楽しそうでした。ブレイラ様もリラックスしていた様子でしたし」
「そうかもしれません」
先ほどのことを思い出して私の口元が綻んでいく。
夜会は苦手ですが、さっきはとても楽しい時間を過ごせました。
畏まらない会話が楽しかったのもありますが、それ以上にハウストを見ていると温かな気持ちになれたのです。
「ハウストは友人と話している時、とても楽しそうな顔をするんです。肩から力が抜けたような、ふっと気が抜けたような。そんな彼を見ることができて嬉しいのですよ」
「きっと魔王様も同じことをお考えですよ」
「ふふ、ありがとうございます」
コレットの言葉が嬉しいです。
こうして話していると気持ちが軽くなっていく。
「少し歩きましょうか」
煌びやかな空間を歩くのはあまり好きではありませんが、いつまでも引っ込んでいるわけにはいきません。このまま過ごせば今夜の夜会は終わるけれど、これから先もずっとこうしている訳にはいきません。ハウストに相応しい王妃とはそういうものではない筈ですから。
「それは良いですね。お側に控えておりますから」
「はい。よろしくお願いします」
どうやらコレットにはお見通しのようです。
いまだ王妃として至らない自分が情けないですがコレットがいてくれて安心して歩けます。
私は目立たない場所から一歩踏み出しました。
広間は煌びやかな光と雰囲気に満ちて、優雅な楽団演奏と華やかに着飾った紳士淑女。その間を縫うようにしてゆっくり歩きました。
誰かと目が合えば王妃と気付いて深々とお辞儀されます。その一つ一つに内心緊張しながらも表面上は優雅な動作と微笑を作って返礼しました。
それを繰り返しているうちに雰囲気に慣れて、最初は重かった足取りも軽やかに動き出す。それは講義で訓練した王妃としての威厳と余裕を漂わせる動きです。
今は意識しなければ作れませんが、いずれは自然な振る舞いで王妃に相応しい動作ができるようになりたいです。
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