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「リュシアン様、お言葉が過ぎますっ」
コレットが私とリュシアンの間に割って入りました。
しかしリュシアンは冷ややかに命じます。
「控えろ。今、王妃様と話している」
「っ、……失礼しました」
相手は南の大公爵。リュシアンに命じられれば側近女官とはいえ引き下がらずを得ません。
黙り込んだままの私にリュシアンが笑みを深める。
その時、ざわりっと広間の空気が変わりました。
「ああ、とうとう来たか。美しい花々の中でひと際美しい大輪の花が」
「大輪の花……?」
顔を上げて目にしたのは、清らかな純白のドレスを着た亜麻色の長い髪の女性でした。
広間に現われた女性に夜会の出席者たちは歓声をあげて騒ぎだす。
その様子に違和感を覚えました。女性の登場に明らかに広間の様子が変わったのです。
そして。
「――――フェリシア!」
ハウストが女性の名を呼びました。
そのハウストの姿に息を飲む。嬉しそうな笑みを浮かべて女性を見ていたのです。
「魔王様、お久しぶりです」
フェリシアは恭しくお辞儀し、呼ばれるままにハウストの側まで行きました。
なぜでしょうか。酷く、胸が騒ぐ。
フェリシアと呼ばれた女性がハウストと並んでいる姿がとても自然なもののように見えたのです。
「王妃様は彼女のことをご存知ありませんでしたか。亜麻色の髪の戦乙女を」
「戦乙女……」
「はい。フェリシアはかつて先代魔王の脅威が南を脅かした時、立ち上がって戦った英雄の一人なんですよ。彼女は魔王様と並びたち、ともに戦い、苦難の中で南の領地を守りました。フェリシアは貴族でもなんでもありませんが南の領地で知らない者はいない英雄です」
言葉が出てきません。
喉がからからに渇いていくようでした。
そんな私にリュシアンは目を細め、懐かしげにハウストとフェリシアについて語ります。
「魔王様とともに戦うフェリシアはとても凛々しく、美しく、大輪の花のようでした。あの戦いの中で魔王様もフェリシアを気に入ったようだったので魔族の誰もがフェリシアこそいずれ魔王様の妃になるのだと思ったものですが」
わざとらしく言葉を止めて、私を見てきます。
言い返したいのに言葉が出てこない。
全身から血の気が引いていくような感覚。指先から冷たくなっていく。
「まあ、王妃にならなくても魔王様の側に侍ることはできますから、その辺は魔王様の気に入るようにされるでしょう。ご覧ください、魔王様もフェリシアとの再会を喜ばれている」
見たくありません。でも目の前の光景は嫌でも目に飛び込んできて、きつく唇を噛みしめる。
リュシアンの言う通り、視界に入ったハウストはとても嬉しそうな顔でフェリシアと会話していました。
親しげな笑みを浮かべ、懐かしげに目を細め、私の知らない思い出を語り合っている。
それを見ていることしかできない私にリュシアンがそっと囁く。
「王妃様、あなたが命じればフェリシアを夜会から退席させることができますよ?」
「……そんな恥知らずな真似、しませんっ」
「それはご立派なことです。ああ、魔王様がこちらに気付かれたようだ。あなたを呼んでいますよ、参りましょう」
「えっ……」
戸惑いましたがリュシアンに歩くように促されてしまう。
ハウスト達のもとへ一歩一歩近づいていく。
側へ行けることは嬉しいのに、今その側にはフェリシアもいるのです。
でもハウストは私が側へ行くと当然のように隣に立って、背中に手を添えてくれました。
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