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「ブレイラ、彼女を紹介しよう。名はフェリシア、先代魔王の時に一緒に戦った戦友だ」
「初めまして、ブレイラと申します」
声が震えそうになるのを耐えながら丁寧にお辞儀しました。
近くで見るフェリシアは目鼻立ちのはっきりした美女でした。背もすらりと高く、振る舞いも凛として大輪の花と称されるのに相応しい女性。今は清らかな純白のドレスを纏い、艶やかな亜麻色の髪が靡いている。簡単に想像できます。フェリシアの美しさは戦場でとても際立っていたことでしょう。
「フェリシア、俺の妃のブレイラだ」
「初めまして、王妃様。フェリシアと申します。王妃様にお会いできて光栄です」
フェリシアが優しい面差しで微笑み、私に深々とお辞儀しました。
剣を持って戦った過去があるとは思えぬほど丁寧で清楚な動作です。
「私も、ハウストから戦友と呼ばれる女性と会うのは初めてなので、光栄です」
そう答えるのがやっとでした。
気を抜けば言葉が詰まりそうで少しでも気を紛らわそうと唾を飲む。
でもその唾すら鉛のよう、飲み込むのが苦しい。
そんな私の前でリュシアンが上機嫌にハウストと思い出話しを始めます。
「魔王様、懐かしいですね。またこうして揃うとあの困難の時代を思い出します」
「あの時は南を守る為に三人で集まったものだ。だが今夜は見違えたぞ、フェリシア。俺は甲冑姿のフェリシアしか見たことがなかったからな」
「……似合いませんか?」
フェリシアがおずおずと聞きました。
凛とした佇まいをしながらも、そう問いかける姿はいじらしく愛らしい。
「いいや、よく似合っている。甲冑姿も悪くなかったが」
「ありがとうございます」
瞬間、フェリシアの頬が薔薇色に染まりました。
瞳は輝きを増して口元は微笑みを象る。それはとても綺麗な笑顔でした。
「魔王様、フェリシアは戦場の花、戦乙女でありましたが戦場を離れても花のように美しい女性ですよ」
「ああ、そうだな」
ハウストは懐かしさに目を細めていました。
今、私はどんな顔をしてこの会話を聞いていればいいのでしょうか。正解が分かりません。
だから私も一緒に笑顔を浮かべていました。
笑顔ならきっとハウストを困らせません。これなら間違えていない筈です。笑顔を浮かべ、私の知らない戦場の思い出話しを黙って聞いていました。
そんな折、侍女が近づいて来てそっと私に耳打ちします。
「王妃様、ゼロス様の夜泣きがひどく……」
侍女は困り切ったように伝えてきました。
ゼロスの夜泣きが止まらず、ずっと泣いているというのです。
「……分かりました。今から戻ります」
私は頷いて、ハウストたちにお辞儀します。
盛り上がっている思い出話しを中断させてしまうことが申し訳ないです。
「失礼します。お話しの途中ですが、私は先に戻らなければならなくなりましたので」
「なにがあった?」
ハウストが声を掛けてくれました。
たったそれだけで嬉しいのですから自分の単純さに笑えてきます。
「ゼロスが夜泣きをしているそうです。先に戻ります」
「そうか、それなら俺も戻ろう」
「……いいえ、懐かしい方々と会えたのですから御歓談をお楽しみください」
これは私の意地でした。
王妃としての威厳、余裕、そういったものを見せたかったのかもしれません。
ハウストは何か言いたげな顔をしてくれる。ありがとうございます。一緒に戻ろうとしてくれただけで充分です。
「それでは失礼します」
私は丁寧にお辞儀し、コレットとともに夜会を後にします。
広間に残したハウストを振り返ることはできませんでした。
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