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「びええぇぇぇぇん!!」
「ゼロス、泣かないでください。ここにいるじゃないですか」
部屋に戻るとゼロスの大きな泣き声に出迎えられました。
マアヤにあやされていたゼロスを受け取り、緩く揺らしながら抱いてあげます。
「うえええんっ! うぅっ、うっ……」
するとゼロスは私に気付いたのか、うっ、うっ、と嗚咽を漏らしながらも泣き止んでくれます。
小さな手で私の頬にぺたぺた触れてくる。
その手に頬を寄せるとゼロスは目を細めて喜び、ちゅちゅちゅちゅ、安心したように指を吸い始めました。
「ちゅちゅちゅちゅ、……ちゅ、ちゅ……。すー、すー」
「いい子ですね、おやすみなさい」
眠ったゼロスの額によく眠れるようにと願いをこめて唇を寄せました。
ゼロスを起こさないように静かにベッドに運び、イスラの隣へ寝かせてあげます。
「ブレイラ様、夜会の最中でしたのにお声がけして申し訳ありませんでした」
「いいえ、気にしないでください」
「後は見守りますので、ブレイラ様は夜会にお戻りに」
「戻りません」
遮って答えました。
戻りたくないのです。
「ブレイラ様……?」
「あとは私が見ます。今夜は私もここで休むのでコレットとマアヤも部屋に戻って休んでください」
「しかし」
「必要なご挨拶は終わらせているので大丈夫ですよ。ですから、今夜はもう休みますね」
そう言って衝立の奥で着替え始めた私にコレットとマアヤが顔を見合わせて困惑してしまう。
着替えのお手伝いの申し出もありましたが断ったので、ますます困惑させてしまいました。ごめんなさい。でも今はあまり誰とも顔を合わせたくないのです。
「……分かりました。ではごゆっくりお休みください」
「御用がありましたらお呼びください。お休みなさいませ」
マアヤとコレットは深々とお辞儀して部屋を出て行きました。
ようやく一人になって脱力したように体から力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになりましたが、耐えて、黙々と寝衣のローブに着替えました。
イスラとゼロスが眠っているベッドに腰を下ろす。
今頃ハウストはどうしているでしょうか。フェリシアとかつて共に戦った日々のことを語らっているのでしょうか。私の知らない過去の話しを。
「ハウスト……」
視線が無意識に落ちていく。
ハウストにとって一番の苦難の時代は先代魔王の時代でしょう。先代魔王に叛逆して魔界の命運を賭けて戦った日々。その時、ハウストの隣にはフェリシアがいたのですね。
フェリシアがハウストを支え、共に戦っていたのですね。
唇を強く噛みしめる。
その時、私は何をしていたでしょうか。
人間界の片隅で独り、ただ薬を作っていただけです。ハウストとの再会を夢見て卵に語りかけていただけの日々です。
……自分が酷く空っぽの人間のような気がしてきました。
泣きたくなるほどの空虚。
「…………イスラ、ゼロス」
二人のあどけない寝顔をじっと見つめます。
不思議ですね。二人を見ていると張り詰めていた気持ちが少しだけ綻ぶ。
イスラとゼロスの頬を優しくひと撫でしました。
あなた達はいつも私を救ってくれる。
私もこのまま一緒に横になろうとしましたが、ふと部屋にノックの音がしました。
「ブレイラ、俺だ。入るぞ」
「え、ハウスト? ちょっと待って」
思わず制止しましたが先にハウストが扉を開けてしまう。
部屋に入ってきたハウストは私の姿に目を瞬く。
夜会の衣装から着替えてしまっていることに驚いたようです。
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