238人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうした。夜会には戻らないのか?」
「……は、はい。ここを離れるとゼロスがまた夜泣きしそうなので」
もちろん嘘です。
でもハウストに本当の気持ちを知られたくありませんでした。だって、あまりにも情けない。
「ハウストこそどうしました? まだ夜会から抜けるには早い時間です」
「お前が戻ってこないから様子を見に来たんだ」
「でしたら、もうお戻りください。私は大丈夫ですので」
今は一緒にいたくありません。
気を抜くと何を口走ってしまうか、どんな情けない顔を見せてしまうか、……怖いのです。きっとそれはハウストを困らせるでしょう。
だから今は一人にしてほしい。
しかし突如、ハウストは夜会の正装を脱ぎ始めました。
手早く脱いで軽装になったハウストに目を丸めます。
「ハウスト、何をしてるんですっ」
「俺も休むことにした。リュシアンには上手く言っておく」
「待ってくださいっ。魔王のあなたが途中で退席してはいけません!」
「ならば王妃のお前も俺の隣にいるべきだ」
「っ、…………そうでした。自分勝手な真似をしました。申し訳ありません」
バカな真似をしました。
王妃であることを忘れた愚かな行為でした。どんな時も魔界の王妃として振る舞わなければならなかったのです。
俯き、でもすぐに顔を上げました。
強張る顔に無理やり笑みを貼り付けます。
「すぐに着替えます」
私は立ち上がり、急いで支度することにします。
ただでさえ長く途中退席しているのにこれ以上の失態は許されません。
でも立ち上がった私の腕をハウストが掴みました。
「そんな顔でどこへ行くつもりだ」
「どこって、夜会に」
「俺はもう戻らないと言ったはずだぞ」
ハウストがため息をつきました。
自分勝手な私に呆れてしまったでしょうか。
でも私の頬をハウストの指が撫でてくれます。
「お前の物憂げな顔はそそるんだ。今夜はここを出るな」
「馬鹿なことを」
「本気だぞ?」
「ハウスト……」
困惑に視線をそらす。
迷いながら、でもおずおずと彼を見つめました。
「……怒っていないのですか?」
「何か怒られるようなことをしたのか?」
「本当なら今もハウストと夜会にいるべきなのに、私は……」
「悪かった、厳しい言い方をしたな。だが誤解するな、それが全てに当て嵌まる訳じゃない。お前だって分かっているだろう」
ゆっくりと言い聞かせるように言われました。
その言葉がじわじわと頭に入ってきて少しずつ冷静になっていく。
ああ私は……、細く長い息を吐きました。
なんの心構えもなく現われたフェリシアという女性にひどく動揺して、今まで当たり前の事すら考えが及ばなくなっていたのです。
「……ハウスト、すみませんでした」
ハウストにそっと凭れかかりました。
甘えるように擦り寄るとハウストの腕にやんわりと抱き締められます。
不安になってしまった自分が恥ずかしい。ハウストは私を愛してくれているのに。
最初のコメントを投稿しよう!