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「悪いが俺も部屋に戻る。ブレイラだけにゼロスの世話を任せる訳にはいかないからな」
「ま、魔王様が夜泣きの赤ん坊の世話を? 冥王とはいえ、赤ん坊の……」
「俺の第二子だ」
「し、失礼しました」
失言に気付いたリュシアンが慌てて謝罪する。
そんなハウストとリュシアンのやり取りにフェリシアがクスクスと笑いだす。
「戦場で戦う魔王様の御姿しか知らないので、やはり驚いてしまいます」
「なんだフェリシアまで」
そう言ってハウストは目を据わらせるも、笑うフェリシアの姿にふっと表情を和らげる。
そしてハウストはブレイラが立ち去った広間の扉の方を見た。
「まあいい、最初は俺自身も驚いた。しかし、あれを俺の妃にするには必要なことだったからな。それに今では悪い気もしていないんだ」
ハウストの口元が綻ぶ。
思い出すのはイスラに初めて『ちちうえ』と呼ばれた時のことだ。呼ばせたいとは思っていたが、いざ初めて呼ばれると内心ひどく照れ臭かったのを覚えている。
ゼロスもこのまま成長すればいずれ呼んでくれる時がくるのだろうか。想像して口元が緩みそうになり、さり気なく手で覆った。
「フェリシア、今夜は久しぶりに会えて嬉しかったぞ。ではな」
ハウストは気を取り直して言うと、なんの未練も残すことなく広間を立ち去ったのだった。
それを見送ったフェリシアは口元に苦い笑みを刻む。
「リュシアン様、どうやら私はフラれたようです」
「いや、フェリシア、君が諦めるのはまだ早いっ。魔王様だって君の事は悪しからず思っているわけだし、いずれ魔王様も君の事を愛する日がくるはずだ」
「お気持ちは嬉しく思いますが、やはり魔王様にとって私は戦友でしかありません。リュシアン様、このドレスを用意して頂きありがとうございました。今夜は魔王様と再会できたこと、このように華やかな夜会に参加できたこと、嬉しく思っています」
フェリシアは身に纏う純白のドレスに目を細める。
これは夜会の招待状が送られてきた時に一緒に届けられたドレスだ。フェリシアは英雄だが普通の農民の娘である。招待状が送られてきてもドレスなどなく、また華やかな場所に興味はなかったので出席を断るつもりだった。しかしハウストに会いたいという気持ちは抑えがたく、リュシアンの強い勧めもあって出席を決めたのだ。
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