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「ブレイラ、ここになにかいるぞ。ちっさいのだ」
イスラがしゃがんで地面を指さしています。
この子はこれからあらゆる場所へ行き、戦い、多くのことを体験して経験を積み重ねていくのでしょうね。
私もイスラの隣に膝をつき、一緒に小さな虫を見ました。ランタンで照らしたそれは地上では見たことがない形をしています。
「小さいですね。初めて見ました」
「はじめて?」
「はい。きっとここでしか見られない虫なのでしょう。ここにはそういう生き物がたくさんいるんでしょうね」
「あっ、ぬるぬるのもいるぞ!」
「そうですか、ぬるぬ、――――ヒャアアァ!!」
ペタリッ。突然うなじに粘着質な感触。
驚いて引っ繰り返りそうになったところをハウストに背後から支えられます。
「と、とって! とってください! 首の後ろに何かいます! 上から落ちてきたんです!」
「分かったから動くな。これだな」
ハウストが私を押さえながらうなじに落ちてきた虫を取ってくれました。
背筋がゾクゾクするような気持ち悪い感触から解放されてほっと息をつく。
でも、ハウストは落ちてきた虫を見ると「まずいな……」と舌打ちします。
「ブレイラ、こっちだ。イスラも早く来い」
「わっ、なんですか?!」
「急げ、転ぶなよ?」
岩場の陰にくると、ハウストがゼロスを抱いた私とイスラを奥へ押し込み覆い被さりました。
「どうしたんですか?」
「もうすぐ来るぞ。静かに伏せてろ」
「え、来るって」
キイキイキイキイキイキイキイキイ!!
鍾乳洞の奥から甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、バサバサバサバサバサバサバサ!! 凄まじい数の黒い大群が頭上を飛んで外へ向かっていきます。
蝙蝠です。鍾乳洞に生息する何千何万の蝙蝠が私たちの侵入に驚いて飛び立ったのです。
「こんなにっ……。わっ、こっちに来ます!」
「伏せろ。顔をあげるな」
「はいっ。イスラ、私にぎゅっとしてください!」
「わかった! ぎゅ~っ」
イスラが私にぎゅーっと抱きついてきました。
私がゼロスごとイスラを抱きしめて体を丸め、ハウストは私たちに覆い被さって蝙蝠の大群が去るのを待つ。
少ししてようやく蝙蝠が飛び去り、ほっと安堵の息をつきました。
「良かった、蝙蝠は外へ飛んでいきましたね。それにしてもよく蝙蝠が飛んでくると分かりましたね」
「お前のうなじに落ちた虫は蝙蝠の好物だからな。ここは蝙蝠の通り道になっていたんだ」
「そういう事でしたか。守ってくださってありがとうございます」
「当たり前だ」
ハウストは私の肩をやんわり抱き寄せて額に口付けを落としてくれました。
そしてイスラとゼロスが怪我をしていないことも確認すると先へ歩き出します。
「行くぞ。この先の渓流沿いを下った後は崖登りだ」
「が、崖登りですか?!」
「心配するな。お前を背負って登るくらい問題ない」
からかうような口調で言われて少しムッとしてしまう。
たしかに崖登りは不安ですが別に出来ないとは言っていません。だいたい私は山育ちなんです。得意とは言いませんが、木登りも多少はできますし、薬草を採るためにちょっとした崖をよじ登ったこともあるのです。
「ハウスト、あなた、私を舐めていませんか?」
「とんでもない。愛おしいと思っている」
「そ、そういうことを聞いている訳ではありませんっ」
もちろん嬉しいですけど……。
でも今は頬を熱くしている場合ではありません。私は誤魔化されませんから。
「だいたいあなたは私を甘く見ています。私は山育ちですよ? あなたやイスラほどではないにしても、私だってそれなりに体力はあります」
「そうか?」
「そうです」
きっぱり返事をして「さあ行きますよ」とランタンで照らしながら歩きだしました。
しばらく歩くとハウストの言っていた通り渓流へ差し掛かる。雨水と地下水の渓流はゴーゴーと唸りをあげて流れていました。
暗闇の中の渓流は少し怖いです。激しい流れに吸い込まれそう。
でもイスラは渓流沿いにちょこんとしゃがみ、興味津々で闇一色の激流を見つめています。
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