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「さかな、いるかな?」
「いるだろうな。地上の海や川とは違った種類だろうが」
「生き物は環境に適応して変化していくといいますからね。川に近づくと危ないですよ?」
「おちない」
「どこからその自信が沸いてくるんですか」
「ゆうしゃだからな」
「はいはい。ほら立ちなさい」
「わかった」
苦笑しながらもイスラを立たせて歩きだす。
滑りやすい渓流沿いを下っていきますが、下りは登りよりも注意が必要でした。
バランスを崩してしまわないようにゼロスをぎゅっと抱いて、一歩一歩足を出します。私が転ぶとゼロスも一緒に転んでしまうのです、慎重に進まないと。
「ブレイラ、ゼロスを貸せ」
「でも……」
「転ぶ前に貸せ」
「転ぶ前って、転ぶこと前提なんですか?」
「前提だろ。気になって仕方ない」
ハウストが当然のように言いました。
言い返したいのは山々ですがたしかに転んでからでは遅いのです。
私だって慎重に進めば大丈夫なはずですがゼロスはより安全なところにいてほしい。
「……分かりました。お願いします」
抱っこ紐を解いてゼロスをハウストに手渡しました。
替わりにハウストが背負っている荷物を預かろうと手を差し出す。
その手にハウストは眉を上げました。
「なんだ。お前も抱いて運んでほしいのか」
「どうしてそうなるんですか! 荷物を渡してくださいという意味です!」
「そんな事か。それなら断る」
「そんなっ、あなたばかり持ってもらうなんて……」
右手にランタンを持って左腕にゼロスを抱いているというのに、背中にまで大きな荷物を背負ってもらうわけにはいきません。
それなのにハウストは気にしたふうもなく鷹揚に笑います。
「お前は無傷で下りてくれればいい」
ハウストの希望はそれだけでした。
ああダメですね、顔が熱くなります。鍾乳洞が暗い場所で良かった。
「それならせめて、抱っこ紐、使います?」
せめてという気持ちで提案しました。
でも提案しておきながら魔王ハウストが抱っこ紐を使った姿が浮かんでしまって……。
あ、微妙な沈黙……。
「…………やめておこう」
「…………そうですね」
……あなたも御自分の姿が浮かんでしまったのですね。ごめんなさい。
こうしてしばらく渓流沿いを下ると、ぽっかり開いた地下空間に出ました。
壁沿いでハウストが立ち止まり、ランタンを掲げて頭上を見上げます。
「ここだな」
「ここ?」
私も並んで見上げます。
ごつごつした急傾斜の岩壁。ほぼ絶壁です。暗闇で天辺まで見えませんが相当な高さがあります。
この岩壁の造形も長い年月をかけて自然が作ったのかと思うと、ただただ感服するばかり。
「素晴らしいですね。先が見えないくらい高いです」
「ああ。今からここを登るぞ」
「はい、今からここを、――――ここですか?!」
ぎょっとしてハウストを振り返りました。
でも彼は当然のような顔で崖を見上げています。
いえ、彼だけではありません。イスラが隣で準備運動を始めました。イスラも登る気満々です。
崖登りがあることは事前に聞いていましたが、こんな崖は想定していませんでした。
「ほ、ほんとにここを?」
「なんだ、怖気づいたのか」
「そ、そういうわけじゃっ……」
ありません、と続けたいのに続けられません。
だってこんなの登れるはずないじゃないですか!
愕然とする私をハウストがじっと見つめています。
「……なんですか」
「意地を張るなよ?」
「ぅっ」
視線を彷徨わせてしまう。
目を合わせ辛くて左右に動かし、それでも私をじっと見つめているハウストに観念します。
「…………………分かっています」
悔しいけれど私には無理です。
足手纏いになってしまって悔しいですが、ここで意地を張り通すような真似はできません。ハウストに運んでもらうしかないのです。
「お願いします」
「任せろ」
よしっとハウストは頷くと、抱いていたゼロスをイスラに渡しました。
抱っこ紐を使ってイスラの背中にゼロスを固定していく。イスラがゼロスをおんぶするのです。
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