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「美味しいですね。ちょっと苦いですが」
「ああ、うまいな。舌に残る渋さだが」
「ふふふ、ハウスト」
小さく笑ってハウストにそっと凭れかかりました。
甘えるように擦り寄ると、彼が嬉しそうに私を抱き寄せてくれる。
優しく抱きしめられる温もりに彼を見つめて言葉を紡ぐ。
「一緒に来ていただいてありがとうございます」
「なんだ突然」
「無理を通したのは分かっています。私の我儘に付き合っていただいてありがとうございます」
「お前の我儘を叶えるのは俺の特権だ」
「あまり甘やかさないでください。でも鍾乳洞は初めてなので、あなたが一緒で良かった。それに」
楽しいです。そう続けようとして、やめました。
私にとって四人で洞窟探検をするのはとても楽しいものです。でもこれって安全が約束されているからですよね。
しかしそうでない場所。例えば、戦場とか。
そこへハウストが赴く時、私は決して同行を許されないでしょう。
理由は安全ではないから。剣も握ったことがない私は危険な戦場では足手纏いだから。
でも考えてしまうのです。それって、あなたの身に何かが起こった時に私は側にいられないという事。一番側にいてあなたを支えたい時に、一番遠くの、一番後ろにいなくてはならないという事。その時あなたの側にいるのはフェリシアのように共に危険を分かち合える者たちだけなのですよね。
「それに、なんだ?」
「なんでもありませんよ?」
惚けて笑いかけました。
そうでもしなければ、あなたを困らせる我儘を口にしてしまいそう。
昨夜の夜会、頭では仕方ないと分かっていても悔しかったんです。
でも、それだけは決して許されない我儘なのも分かっています。
「本当か?」
私を抱きしめるハウストの腕が強くなりました。
彼を見つめ、その頬に手を伸ばす。
指で輪郭をなぞると手がそっと掴まれました。
「どうした、甘えているのか?」
「ふふ、いつもとは違う夜ですからね」
ハウストとの距離が近くなります。
温もりが伝わり、吐息が届く距離。
「口付けてもいいか?」
「お願いします」
目を閉じると私の唇に彼のそれが触れる。
心地よい感触に口元が綻び、唇が深く重なりました。
もっと近づきたくて、もっと触れ合いたくて、彼の首に両腕を回す。
ぎゅっと抱き着いた私に彼は笑んで、温もりに微睡むまで触れ合っていました。
数時間後、天幕の中で目を覚ましました。
ハウストと二人きりのお茶の時間を楽しんで、口付けを交わして、眠くなるまで寄り添っていました。心地よさに眠ってしまった私をハウストが天幕へ運んでくれたのですね。
暗かった天幕が仄かに明るい。朝陽です。ここは地下洞窟ですが、穴の開いた天井から朝陽が差し込んでいるのでしょう。
「ゼロス、おはようございます」
「んう……う」
声を掛けたもののゼロスはころんと寝返りを打ちました。
ちゅちゅちゅちゅちゅ、指吸いをしながら気持ちよさそうに眠っています。まだ眠たいのですね。
でも同じ天幕にいる筈のハウストとイスラがいません。
二人はどこへ行ってしまったのでしょうか。
「ハウスト、ここ?」
「そうだ。ここが食べられる。だがこの部分は止めておけ、あまり美味くないぞ」
「わかった」
なにやら天幕の外から声が聞こえます。ハウストとイスラです。
隙間からこっそり覗くと、二人は地下水が流れる小川の近くにいました。
二人は並んで座り、大型の野鳥を解体しているようです。
ハウストが短剣で野鳥を解体していくのをイスラが興味津々で見つめ、時折「そこはたべられるのか?」「これはどうやるんだ?」と質問していました。
イスラの質問にハウストが実践しながら解説し、鳥の解体方法を教えています。
それはいつまでも見ていたくなるような微笑ましい光景ではありますが、今教えている知識はイスラが勇者として旅立つ時に役立つものなのでしょう。
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