第1話 令嬢は残酷に突き放される

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(はぁ……お父様とお母様になんてお伝えいたしましょう……)  エストレ家から帰宅したソフィは父と母に婚約破棄のことをどのように伝えるか悩んでいた。  もともと一人娘であったソフィは、父と母からとても愛されて育った。  さらにソフィの物腰柔らかく、素直で優しいところが家のメイドや執事たちにも大変好かれていた。  ところが十数年前、ソフィが7歳の頃、天候不順による作物の不作によってルヴェリエ伯爵家の領民は飢えに苦しんだ。  その際に伯爵家が身を削って領民を助けたことにより、領民はルヴェリエ伯爵家に大変感謝し、伯爵は民に慕われる立派な領主になったのだが、問題はここからだった。  伯爵家自体が財政難に陥ったのである。  泣く泣くソフィの両親は屋敷に仕えるもの数十人をリストラし、家を守った。  そんな時に助けを差し伸べたのが、古くから付き合いの深かったエストレ子爵家であった。  ルヴェリエ伯爵家でリストラされたメイドや執事たちを雇い入れ、伯爵家には金銭的支援をおこなった。  結果、ルヴェリエ伯爵家はその支援金をもとに農業の発展に力を尽くし、伯爵家領内で採れたブドウを使ったワインは王族に献上されるほどの代物になった。  そしてこの成功と発展、両家の益々の固い絆の証としておこなわれたのが、ソフィとエミールの婚約だった。 (両家の友好の証である婚約が破棄されたと知ったら、お父様とお母様はどれだけ悲しまれるでしょう……)  大きな不安を抱えながら、ソフィはディナーの席につく。  テーブルには前菜が並べられ、ソフィは浮かない顔でナイフを入れる。  その様子を見て不思議に思ったのか、ソフィの父が一口ワインを口に入れた後にソフィに話しかける。 「ソフィ、浮かない顔だね。どうしたんだい?」 「……いえ、なんでもありませんわ。少し食欲がなくて」  それを聞いたソフィの母が、目を丸くして早口に言う。 「まあ! いけませんわ! 今日は早くお休みなさい」 「ええ……、ありがとうお母様」  メインの魚のムニエルが運ばれてきた頃、ついにソフィにとって恐れていた問いかけが来る。 「そういえばソフィ、今日はエミール君と会ったのだろう? 仲良くしておるか?」  満面の笑みを浮かべて聞く父に、ソフィはつい表情が硬くなってしまう。 「え、ええ……そのことなのですが……」  ソフィの良い返事を聞けるとワクワクしている父と母に向かって、残酷な(しら)せをしなければならないことに胸が痛むソフィ。  意を決してソフィは父と母に婚約破棄をしたことを告げる。 「エミール様から婚約破棄を言い渡されました。お父様とお母様のご期待に添えず、そして両家の友好の証をこのような形で踏みにじってしまったこと、大変申し訳ございません」  ソフィの言葉を聞き、信じられないとばかりの表情を浮かべるソフィの両親。 「理由は聞いたの……?」  母が恐る恐るソフィに理由を尋ねる。 「わたくしがエミール様にふさわしい人になれなかったのです。お父様とお母様には大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」  エミールから告げられた本当の理由をソフィは両親に言うことができなかった。  そして、自分の娘のあまりの悲しそうな表情に、両親もそれ以上何も聞くことができず、ディナーは終わりを迎えた。
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