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「ソフィ嬢との婚約はルヴェリエ家とエストレ家の友好の証で結ばれた大切な婚約なんだ! それを婚約破棄するだと?! わしの顔に泥を塗った上に両家の関係を壊すつもりか!」
「大丈夫ですよ、父上。リュシー侯爵令嬢はお茶会でこの僕に求愛なさった。伯爵家より侯爵家のほうが位が高いのですから、爵位を上げるチャンスではありませんか」
堂々とリュシー侯爵令嬢に好意を抱かれていることを言い張り、自慢げに話すエミール。
目も当てられないといったように苦い顔をするエミールの母と、息子のあまりに愚かな行為に息が上げて怒るエストレ子爵。
「お前が勝手なことをしてくれたおかげで、ルヴェリエ伯爵に私はどう謝罪すればよいのだ!!」
「婚約がなくとも両家の信頼が失われることはないですよ」
堂々と胸を張り、自信満々に言いあげるエミール。
そういうことを言いたいのではないとでもいうがごとく、エストレ子爵は呆れて大きなため息をつく。
そして、エストレ子爵は目をつぶり少し考えた後、エミールに告げる。
「本当にお前の言うようにリュシー侯爵令嬢から求愛されているのであれば、何か証拠を見せろ」
「証拠……でございますか?」
「婚約の儀はそう軽々しくできるものではない。お前が好意を寄せられている証拠を5日後までに私に渡せ」
「証拠を見せなくてもいずれわかるこ……」
「お前が信用ならないから言っとるんだ!!! 語るだけではなく『証拠』でこの私を納得させろ!!」
さすがにエストレ子爵に気圧された様子のエミールだったが、すぐに調子を取り戻して発言する。
「『証拠』をお見せすれば、リュシー嬢との婚約を認めてくださるのですね?! かしこまりました! すぐにこのエミールが『証拠』をお持ちして、父上と母上を喜ばさせて差し上げます!」
その様子を見て、エストレ子爵は息を一つ吐き、「下がれ」とエミールに告げる。
エミールは礼をすると、ディナーの席を立った。
エミールの去ったテーブルでは、エストレ子爵夫人が泣いていた。
「どうしましょう……ソフィちゃんになんと謝ればいいの……」
夫人の肩を抱き、慰めるようにするエストレ子爵。
「エミール……侯爵令嬢からの求愛が本物でなければ……」
夫人のすすり泣く声と、いまだ怒りが収まらないエストレ子爵の静かな声はエミールには届かなかった。
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