5人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章
たとえ持ち主の記憶の中から私がいなくなったとしても、「忘れ物」の私が、主を忘れる日は来ないだろう。
自ら描く「絵」の出来栄えがどれも良いものだから、私はいつしかそんな自信を持つようになっていた。
手から離れない真っ黒な本の、めくれもしない真っ黒なページ、その上に絵は絵の具もなしに描かれて、鮮やかに浮き上がり、動き出す。ひとしきり動き回って消えてしまうのが欠点だが、問題ない。ページを繰る手立てのない私にとっては、好都合とさえ言える。
それに同じ絵は何度だって描けるのだ、こんなふうに――半ば自分自身を試すように、再び黒いページに目を落とす。板の外れた窓や寒風に震える古いドア、そろそろ長い休暇に飽きて仕事を求めているだろう炉の排煙口、あらゆる隙間から流れ込んだ夜が小さな家を満たしていても、妨げにはならない。こういうとき、闇と――何と言えば良いのか少し悩んだが、わざわざ否定する者もないから、密かに憧れていた言葉を選んだ――友達。そう、友達で良かったと思う。
思考の流れが色を運んでくる。私は見えざる筆にそれを取り、黒いページの真中を切り抜くように、白い長方形を描いた。そしてそれを持つ華奢な両手も。
私が光の裏側以外に居場所を得て、一人で存在できるようになったきっかけ。それを懐かしむ間に、絵は動き始めた。輪郭に幾らか幼さの残る手の、雪を払うのにも似た仕草と共に、長方形の纏う白がはらりと落ちる。
その一瞬。私は、千紫万紅の夏の庭に立っていた。
この不思議な感覚を、私はかつて、イエラと一緒に味わった。ガラナス教会付属病院、診療棟の待合室で。
最初のコメントを投稿しよう!