第六章

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第六章

 ページ上で動いていた絵が薄らぎ、置きっぱなしのフェムの杖を透かして消えた。彼は未だ帰らず、イエラも「忘れ物(わたし)」を取りにこない。    こうして記憶を(さかのぼ)って、気づいたことがある。フェムはイエラのアトリビュートとして、スノードロップを描き入れたのだ。    あの日、やはりイエラの記憶は蘇ったに違いない。それがまた失われる前に、描き表し、残したかったのだろう。私が「ただの少女の影」ではなく、「一緒にこの花を見ると約束した、イエラという友達の『忘れ物』」だということを。彼は友の願ったとおり、彼女の記憶を守り通したのだ。    杖を置いていったのも、わざとかもしれない。彼が今どこにいるのか、何となくは分かっている。けれどイエラとの約束を果たすため、彼もまた「取りに戻るための忘れ物」をしたのだと思う。    だから時間はかかっても、フェムも、イエラも戻ってくる。きっと二人同じ場所から、忘れ物を言い訳に、帰ってきてくれる。そう思うと、春の兆しのように胸が温かくなった。    そうだ、二人は勇気を持って未来を信じた。私も過去だけでなく、先のことを描いてみよう。  見たことのない彼らの姿は、過去の模写ほど上手くは描けないだろう。でも大丈夫だ。私が少女の、あの杖が老人のアトリビュートとして在れば、二人の名は示される。    希望が新たな色を運んでくる。私は懐古のパレットを洗い、回想と想像の筆を持ち替えて、再び黒いページに色を差した。
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